Lichtung

難波優輝|美学と批評|Twitter: @deinotaton|批評:lichtung.hateblo.jp

哲学を専門としない人のための哲学入門書ブックガイド

はじめに 哲学を専門としない人が哲学に関心が出てきたときに何を読むとよいだろうか。世には「入門書」と題されている本はあまたあるけれど、ぜんぜん入門書ではないケースも多いし、あんまり頼りにならない入門書も少なくない。 私は哲学を専門としている…

スガシカオの好きな曲について

スガシカオの好きな曲をだいたい一つのアルバムから一曲ずつ選ぶ。 スガシカオの何が好きなのか。詳しく論じることもできるが簡潔に4つ。 FUNK成分:曲全体のアレンジのレベル アシッドな声:スガシカオの声の気だるげで、でも芯のある声のニュアンス ひねく…

本の遊び方:スクラップとして本を読む

はじめに 読書の方法の本はいくつもありそうだ。それぞれはどんなふうに本を読めばいいのか、重要なテクニックを書いているようだ。 それに対して、私は別の本の遊び方を紹介しよう。 それは「 スクラップとして本を読む」遊び方である*1。 研究するときに、…

John Kekes『穏健な保守主義:中道を取り戻す(Moderate Conservatism: Reclaiming the Center)』からの抜粋

政治哲学者John KekesによるModerate Conservatism: Reclaiming the Center. 2022. をおもしろく読んだ。最後の章の冒頭を訳す。この本のだいたいの言いたいことが分かるだろうし、含蓄に富んでいるからだ。原文は一つのパラグラフだが、適宜改行を行う。 デ…

動物の美学入門:自然、動物園、水族館

はじめに 私たちは日々、動物たちを美的に鑑賞している。 鳩がホームにいる。首を前後に振りながら軽快に歩き、素早く地面に頭を下げては何かをついばんでいる。「そこに食べるものなどあるのだろうか?」と私たちをしていぶかしめる。 病院の待合室に水槽が…

ありふれたものの暴力:暴力の批判的美学の構想

犯罪学者ジェームズ・ウォルシュによる「例外的な日常:テロと日常生活の兵器化(The exceptional everyday: terror and the weaponisation of daily life)」という非常に興味深い論文を読む。「日常生活の武器化」とは、日常的にありふれたもの(やかん、…

あの人が自分をほんとうに愛しているかどうかをどうやって知ることができるのか?:愛の認識論的問題に対する愛のニーズ応答説

はじめに 誰かが自分を愛しているかどうかをどうやって知ることができるのか。これは近年「愛の認識論」として盛り上がりをみせるトピックである(cf. Stringer 2024)。 最新の論文の一つ、ライアン・ストリンガーによる「How will i know if he really lov…

天使のための日常美学に抗して:サイトウユリコの日常美学三部作を読んで。

サイトウユリコの三部作 日常美学において強い存在感を放つサイトウユリコの『Everyday Aesthetics(日常美学)』『Aesthetics of the familiar: everyday life and world-making(親しいものの美学:日常生活と世界制作)』『Aesthetics of care: Practice …

ミュージックビデオ論基本文献リスト

これは、私がミュージックビデオ論を書くにあたり探したミュージックビデオ論基本文献リストである。ごく簡単なものであり、研究を尽くすものではないが、しばしば名前が挙がる文献をリストアップしているので、ミュージックビデオ研究をしっかりやりたい人…

お買い物の美学:毎日の食材調達篇

お買い物は様々な美的経験をもたらす行為である、と私は主張する。 私はお買い物が好きである。私は美学者である。美学者というのは日常的な経験(料理や仕事)から非日常な経験(観劇だったり旅行だったり)まで、あらゆる経験における美的な要素を捉えたり…

これは文化ゲーマーのための本である––––デーヴィッド・マークス『STATUS AND CULTURE』黒木章人訳、筑摩書房、2024年、書評。

はじめに たいへんおもしろかった。文化を生み出し動かすのは「ステイタス」への欲求とステイタスを創り出す無数の戦略である、と主張する文化論。カルチャーが好きな人は読むと不愉快になりつつも身の振り方の参考になるかもしれない。 https://amzn.to/3SM…

本の二つの読み方:精読型と検索型

友人が本の読み方について質問をしてくれた。自分にとっても有益だったので対話をほぼそのまま公開する。 Mさん さいきん文章を自分がどう読んでいたのかまるで思い出せないので、きちんと体系化された文章の読み方と分析の仕方を身につけ直さないといけなさ…

山野弘樹『VTuberの哲学』(2024、春秋社)書評*機能についての不明点と研究態度へのコメント

山野弘樹『VTuberの哲学』(2024、春秋社)は、「本書は、今日のVTuber文化の中で活躍するVTuberの典型的な特徴を抽出し、その特徴をある統一的な観点から体系的に解釈することを試みる著作であ」り(i)、その目論見に従って、全5章にわたりバーチャルYouTu…

移民ユートピアを求めて:Aimee Bahng(エイミー・バン)『Migrant Futures(移民的未来)』の紹介

概要 金融投機や経済発展の物語に翻弄されるのではなく、そこから解放される道があると、サンフランシスコ州立大学のエイミー・バンは主張している。 バンは、People of colorの作家たちによるスペキュラティブ・フィクションこそが、新しい未来を切り拓く鍵…

バーチャルYouTuberというフィクションをスポイルする鑑賞を愛していることについて

バーチャルYouTuberを視聴するとき、私がまなざす対象の一つは、そのアバターである。アバターが動いている。もう一つ、私が耳を向ける対象は声である。動画内の、あるいは歌声の。あるいはさらにしばしばバーチャルYouTuberはゲームプレイをしているので、…

ジュディス・バトラーのパフォーマティビティ概念とメタ/クィア批評の意味について

パフォーマティビティとは何か? 発語内行為や発語媒介行為を発語行為以外にも拡張可能だ。レイ・ラングトンが論じるポルノグラフィの言語行為論的分析は、画像提示内行為や画像提示媒介行為と理解できる(cf. Langton 1993)*1。 一般化し「表現内行為」「…

「可能性の地平線:ニューロクィア理論に関する若干のメモ」を紹介する

日本ではそれほど十全に紹介されていないクリップ理論(身体的・認知的インペアメント、ディスアビリティの解釈、分析を通して、健常性規範に挑戦する枠組み)の中で、とりわけ、ニューロクィア(neuroqueer)という概念は、じわじわと、確実に広がっている…

人間の4つの実存方略――物語的自己、ゲーム的自己、おもちゃ的自己、ギャンブル的自己

人間の生き方には4種類ある*1。 物語的自己:なんでも物語にしてしまう。「動機は?」「意味は?」「つながりは?」 ゲーム的自己:なんでもゲームにしてしまう。「どっちが強い?」「いま効率的?」 おもちゃ的自己:なんでもおもちゃにしてしまう。「どん…

Problems and Projects-ネルソン・グッドマン『問題と企画』目次

『問題と企画』(1972)は、米哲学者ネルソン・グッドマンによる論文集である。彼の『現象の構造』(1951)、『事実・虚構・予言』(1955)、『芸術の言語』(1968)に続いて、4冊目の出版物である。以前の著作を再録したり、著作で扱った問題を論じていたり…

グッドマンの世界制作論とバージョンの衝突について+スタンフォード哲学百科の部分訳

グッドマンの世界制作論について 米国哲学者、ネルソン・グッドマンの知名度は、哲学研究者、しかも、プラグマティズム研究者や分析哲学研究者以外(特に科学哲学と美学)にはものすごく低いだろう。 しかし、彼の「世界制作」論、それと関連する「記号シス…

SFの7つの美:魅力的なSFのレシピのために

">イスタヴァン・チチェリー-ロナイ・ジュニア(Istvan Csicsery-Ronay JR.)による『SFの7つの美(The Seven Beauties of Science Fiction)』は、SFジャンルに特徴的な7つの魅力を星座を辿るように論じていくSFスタディーズの重要書である。 ">SFを好んで…

家父長制を批判する三つのやり方

「家父長制(patriarchy)」とは何か*1 縁談が家名の下に進められる。役所の手続きで夫婦同姓を強制される。男性において称賛される勇敢・自由・自律といった振る舞いを女性が行うと非難される。避妊用ピル/緊急避妊薬の販売や流通許可の決定権を男性が持っ…

「人間の美学」に向けて

生の有意味性の哲学を読み、人間の美学の構想が生まれた。 人間の美学(Aesthetics of Human Beings):人間が人生の中で展開する、道徳的価値や美的価値や認識的価値といった枢要な価値や達成をはじめとする価値を下支えしそれを芳醇にする生の有意味性とい…

廃墟はなぜ魅了するのか?『摩耶観光ホテル』に行って廃墟を美学する。第13回応用哲学会発表「廃墟とペルソナ」資料公開

廃墟はなぜわたしたちを魅了するのかについての美学研究をしました。美学者の難波です。 2021/05/22に第13回応用哲学会のワークショップ「廃墟と亡霊たち」にて、広島工業大学の萬屋博喜さん(ヒューム・哲学)と京都大学の松永伸司さん(ゲーム研究・美学)…

廃墟のどこが廃墟らしいのか? Scarbrough『廃墟の美的鑑賞』(2015)

廃墟鑑賞の美学:廃墟鑑賞とは、過去を想起し、人の手による偉大な建築がいつかは滅びることを未来に予感し、そして、現在において、半ば壊れ、蔦や草木が繁茂する廃墟と向き合うことなのだ。

SFの認知詩学:ピーター・ストックウェル『SFの詩学』The poetics of science fiction

1. 認知詩学とはそもそも何か 2. SFスタディーズの理論派 3. 目次と各章紹介 第一章:出発点:方向と地図。 第二章:マクロ:古い未来 第三章:ミクロ:フューチャープレイ 第四章:マクロ:外宇宙 第五章:中間点、回顧と予期 第六章:ミクロ:ニュー・ワー…

ポルノグラフィの何がわるいのか:修士研究公開

『ポルノグラフィの何がわるいのか』という修士論文を書きました。 間違えられますがバンドの「ポルノグラフィティ」ではなくて。性的な画像とか映像とかのポルノグラフィです。それの何がわるいのか。現代美学と呼ばれる学問からアプローチしました。 この…

「SFの驚異の技法」資料公開、そして、SFについてどう語るか

こんにちは。現代美学を研究しています難波優輝です。分析美学を手がかりにポピュラーカルチャーの分析と批評を行なっています。 2020年9月19日から翌20日にかけて、オンライン上にて開催された哲学研究者若手フォーラムにおいて、SFが現実についてのいかな…

SFスタディーズ:コンパニオン・ハンドブックリスト

はじめに SFスタディーズの英語文献のハンドブックやコンパニオンをリストにしています。じぶんの勉強用でもあり、また、SFを研究したいと思うひとの参考になれば。 はじめに Seed, D. ed. 2008. A Companion to Science Fiction (Blackwell Companions to L…

文学の哲学にはどのようなトピックがあるのか

文学の哲学は、存在論、認識論、倫理学、心の哲学、そして美学から、哲学的に文学を考察する研究ジャンルである。 物語とは何か、物語は人生の何を教えてくれるのか、作者とは誰か、詩的想像力とは何か、フィクションとは何か、詩の深遠さとは何か、キャラク…