Lichtung

難波優輝|美学と批評|Twitter: @deinotaton|批評:lichtung.hateblo.jp

動物の美学入門:自然、動物園、水族館

はじめに

私たちは日々、動物たちを美的に鑑賞している。

鳩がホームにいる。首を前後に振りながら軽快に歩き、素早く地面に頭を下げては何かをついばんでいる。「そこに食べるものなどあるのだろうか?」と私たちをしていぶかしめる。

病院の待合室に水槽がある。小さな熱帯魚が泳いでいる。舞台衣装のように鮮やかな赤い線や青い線が引かれた身体が水の中を動く。

「動物の美学」という分野は、おそらくはまだ十分には発達していないが、近年環境美学者を中心に論じられ始めている。ここでは、私が勉強の途中で出会った動物の美学の諸文献についてかんたんにまとめておく。動物の美学に関心のある人の参考になればよいと思う。

まずはこれ

青田麻未. (2019). 動物の美的価値: 擬人化と人間中心主義の関係から. 『美学藝術学研究』37, 1-29.

これ一つを読めば動物の美学の全体像がつかめるだろう。

https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/records/52084

有名なもの

Parsons, G. (2007). The aesthetic value of animals. Environmental Ethics29(2), 151.

環境美学やデザインの美学を牽引するグレン・パーソンズによる「動物の美的価値」。青田の論文でも中心的に取り上げられており、動物の美学が本格的にはじまった一つの始原に思われる。パーソンズが好きな「機能美」から動物の美的価値を捉えようとしている。

Brady, E. (2014). Aesthetic value and wild animals. Environmental aesthetics: Crossing divides and breaking ground, 188-200.

こちらも青田の論文で詳細に検討されている。動物の表出的性質を鑑賞するというもの。その後の論文でもたびたび引用されている。

個人的な好み

Tafalla, M. (2017). The aesthetic appreciation of animals in zoological parks. Contemporary Aesthetics (Journal Archive)15(1), 17.

「動物園は動物たちに自分たちのストーリーを押し付け、それによって動物たちを動物自身の基準で鑑賞することを妨げていると主張する」もの。個人的にはその主張がまず非常におもしろい。動物をその外見のみで鑑賞する態度を動物を主体として扱わないという倫理的な問題ともリンクさせているのも興味深い。

digitalcommons.risd.edu

Leddy, T. (2012). Aesthetization, artification, and aquariums. Contemporary Aesthetics (Journal Archive), (4), 6.

タファラの論文で批判されているトーマス・レディの水族館の美学論文。水族館でクラゲだったりを芸術的にまなざすように展示することは、たしかにクラゲをその生態的知識に基づいて鑑賞するようなしかたではないが、それはそれで価値があろう、という論文。環境美学における認識主義の議論についても触れることができ、水族館好きにはよい論文かもしれない。

digitalcommons.risd.edu

Semczyszyn, N. (2013). Public aquariums and marine aesthetics. Contemporary Aesthetics (Journal Archive)11(1), 20.

こちらもタファラの論文で触れられている。とてもおもしろいのは、「水族館鑑賞のジレンマ」として問題を定式化していることだ。すなわち、

  1. 私たちは水族館を海洋環境を鑑賞する場所として扱っている、
  2. 水族館は人工物であり、自然物ではない、
  3. 自然と芸術は異なる方法で鑑賞されるべきである。

という問題である。センチシシンが提示するのは、水族館で展示されている動物は個体であると同時にその種の標本・モデルでもある、という主張である。これがおもしろいのは、水族館の水槽の中の環境は明らかに自然環境とは異なるが、しかし、自然環境を特定の仕方でモデル化したものであるがゆえに、人工物でありながらも、自然そのものにアクセスするための通路になりうるということだ。それゆえ、2. を修正して、水族館は人工物でありながら自然物へのアクセスを可能にするものでもある、と主張する。この論文は、水族館の良い展示とは何か?を考える際に非常に有用に思える。モデルの観点から水槽を捉えることで、その認識論的・教育的価値を論じることができるようになる。

digitalcommons.risd.edu

Greaves, T. (2019). Movement, wildness and animal aesthetics. Environmental Values28(4), 449-470.

これまでの論文はメインが分析美学系だったがこちらはメルロ=ポンティハイデガーにヒントを得たりしている。動物の動きに野性味を知覚して鑑賞する、という論文。なかなかおもしろくこちらもおすすめである。

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