Lichtung

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ポルノグラフィの何がわるいのか:修士研究公開

『ポルノグラフィの何がわるいのか』という修士論文を書きました。

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間違えられますがバンドの「ポルノグラフィティ」ではなくて。性的な画像とか映像とかのポルノグラフィです。それの何がわるいのか。現代美学と呼ばれる学問からアプローチしました。

この研究を読むとあなたは何ができるようになるのか

わたしは兵庫県は神戸で現代美学・批評を行っている難波優輝です。

なんで美学者がポルノグラフィの何がわるいのかを考える必要があるのか。ポルノグラフィの何がわるいのかをめぐって人々が議論しているからです。

ほんとうにそれだけなら美学者の出番はありませんが、人々の議論はどうもうまくいっていない

なぜうまくいっていないのか? それが修士の二年間でわたしが取り組んだ問いです。

なぜうまくいっていないのかを明らかにすると何がうれしいのか? 課題を明確化することは課題解決につながるからです。

そしてこれからわるさをめぐる言論のルールや議論の仕方の大枠をリデザインするのに役立ちうるからです。

事実:ポルノグラフィの議論が起こっているが、明らかにうまくいっていない
課題:なぜうまくいっていないのかを明らかにする
展望:ポルノグラフィのわるさをめぐる言論空間をリデザインする

なので、この研究を読むとあなたは次のことが分かりはじめます。

  1. ポルノグラフィのわるさをめぐる議論の何がうまくいかないのか
  2. ポルノグラフィにはどのようなわるさがあり、どのようなわるさの理由があるのか
  3. ポルノグラフィのわるさをめぐる議論をうまく行うためには何が必要なのか

たとえば2019年に『宇崎ちゃんは遊びたい!』の宇崎ちゃんを用いた赤十字社のポスターが批判されました。その非難の理由を見ていくと一通りではありません。いくつものポイントがある。批判への応答もありました。それも一通りではない。では、批判と応答は互いに一対一対応していたか? NO。それぞれの論点はすれ違いながら互いを話しの通じない集団として互いに描き出していったとわたしは感じました。これは回避したいでしょう。議論はよいことですが、すれ違った議論は特に何も生まない。

この状況を変える力を、その可能性を美学・哲学は持っています。そう信じているので4万字書きました。

どんな内容か?

「ポルノグラフィの何がわるいのか」では、ポルノグラフィの何がわるいのかを明らかにするための概念のツールキットを作成します。

第一章:ポルノグラフィをただしくわるいと言うためには何を明らかにすべきか
第二章:キャラクタの画像のわるさはなぜ語りがたいか
第三章:ポルノグラフィが影響するなら、誰に何ができるのか

まず第一章でポルノグラフィのわるさの分析と「わるさフローの作成」をします。第二章で特にヘイトスピーチなどに類されるようなポルノグラフィの「行為のわるさ」を分析し、その確定の難しさを明らかにします。最後に、ポルノグラフィの影響論を倫理的責任と結びつけ、どのようなポルノグラフィ制作の可能性があるのかを描きます。

ポルノグラフィを語ることはいろいろなハードルがあります。わたしたちの感情を掻き立てます。そのハードルにも関わらずわたしたちは語らざるをえない。

ポルノグラフィに反対する人もポルノグラフィを擁護する人も中立の人もすべて読んでください。議論を続けましょう。表現と自由を考え続けるために。

下のリンクからダウンロードできます。

researchmap.j