Lichtung

難波優輝|美学と批評|Twitter: @deinotaton|批評:lichtung.hateblo.jp

お買い物の美学:毎日の食材調達篇

お買い物は様々な美的経験をもたらす行為である、と私は主張する。

私はお買い物が好きである。私は美学者である。美学者というのは日常的な経験(料理や仕事)から非日常な経験(観劇だったり旅行だったり)まで、あらゆる経験における美的な要素を捉えたり分析したりすることを好む人々である。なので、私はお買い物の美学について書こうと思う。

どこで買うか?

まず、どこに買いに行くかである。これはモビリティが関与する。私はやや環境に配慮しているので車アンチである。不器用なので自転車にも乗れない。なので徒歩か公共交通機関でアクセスできる場所に買いに行くことになる。この選択には感性はあまり発揮されていなさそうだ。

だが、私は美的な目的を持ってスーパーに行くことがある。それは、旅先や用事があってたまたま立ち寄った、普段使わないスーパーに行くときだ。そして、私の心はときめく。

そこで売っている野菜や魚や肉を一通り眺める。値段をみて「意外と高いな」「こんなに安いのか!」「えらく質が悪いな」と驚いたり馬鹿にしたりして、そのスーパーの仕入れ担当であったり保存の上手さを品評する。

次に、品揃えから、もしここで暮らすならどんな生活になるのかを想像して楽しむ。魚の品揃えがすごくよければ、私は毎日でも魚を食べるだろう、と想像するし、野菜の品揃えが悪ければ、ここには住みたくないな、と思ったりする。スーパーにはその周囲の人々の生活の痕跡があるように思う。スーパーとは「集合的食事意識」––––なのかもしれない。一般意志ならぬ、食品意志だ。

どうやって買うか?

私はかなり料理が好きである。毎日昼と夜は料理をして、自分の料理に自分で喜んでいる。ということで、私はかなり頻繁にスーパーに食材を買いに行くことになる。食材を買うときはある程度レシピを決めてから行くが、スーパーでいい食材に出会ったなら急遽献立を変更することも少なくはない。

食材を選ぶとき、私はかなり美的に楽しんでいる。まず、食材、特に野菜と魚がたくさん並んでいると嬉しい。いろいろな見た目や形が並んでいるのは目に良い。それだけではなく、それらの食材の状態をみることも楽しい。よい状態ならば端的に良いが、悪い状態であることを見るのもそれはそれで興味深い。「こんなに悪いトマトで売れるんだろうか」「なんてきれいなきゅうりなんだ!」「さんまが秋刀魚と書くのはほんとうに的を得ているなあ」。買う必要もないのに状態のよいとうもろこしやえだまめや鯛が置いてあるとしげしげと眺めたりする。

ここで、私は目利きを楽しんでいる。これが買い物の美的経験の中核をなすだろう。目利きとは、食材の良し悪しを適切な方法で判断することである。どのきゅうりがいいか、どのレタスがいいか、どのブリがいいのかを私はどこからか仕入れた知識や経験を元に判断する。その際に、もちろん食べてみるわけにはいかない。加えて、食材を傷つけたり、触りすぎてもいけない。また、通路の邪魔になってもならない。後者になるほど、私は目利きをいかに美しく行うか、自分自身に試している。私は目利きを美しく行わなければならない。醜く行ってはならない。食材たちが気持ちよく並べられているのを邪魔しないようにそれらと調和した目利きがなされなければならないのだ。

支払い美学

かごに入れただけでは買い物は終わらない。支払いが待っている。ここでも私は感性を働かせることになる。私は、なめらかに支払いを済ませたい。もたもたとすることは、あまり美しくはない。高齢の人々がセルフレジに苦戦されているのをみると、私はたいていのセルフレジの実装者とUIUXデザイナー(おそらくデザイナーは一人も実装に関わっていなさそうだが)に怒りを覚える。彼らは買い物に泥を塗った。高齢の人々を困らせ、買い物の支払いのゆったりとした時間を奪っている。私はたいていのセルフレジの開発者たちを買い物美学を汚した咎で糾弾したいとつねづね思っている。

支払いは単なるお金のやりとりではない。それは買い物の静かなコンマなのである。食材と出会い、食材と向き合い、その結果として選ばれた食材たちとともに料理に向けて旅立つ出港の合図なのだ。それは、美しいレジ打ちの人々のバーコード読み取りのリズムの後で、さり気なく、だがスピーディに行われるべきなのだ。それを貧弱なセルフレジ経験で汚すなど許しがたい。私は買い物の美学を保全するために、よりよいセルフレジや会計システムについて人々が本気で知恵を絞るべきだと思う。

持ち運びのセンス

支払いが終わっても気は抜けない。買い物はまだ終わらない。家まで持って帰らなければならない。私はお気に入りのカバンに食材を入れていく。油は一番下で、桃なんかは一番上だ。食材たちの重みと形状と剛性を感じながらこれから作る料理のことを思いながら袋に入れていく。

おわりに

今回は毎日の食材調達にフォーカスしたお買い物の美学を展開した。多くの部分は他のお買い物ジャンルでも当てはまるだろうが、しかし、差異も多かろう。服、本、インターネットでのお買い物、など、引き続き様々なお買い物実践を分析していきたい。