イスタヴァン・チチェリー-ロナイ・ジュニア(Istvan Csicsery-Ronay JR.)による『SFの7つの美(The Seven Beauties of Science Fiction)』は、SFジャンルに特徴的な7つの魅力を星座を辿るように論じていくSFスタディーズの重要書である。
SFを好んで書き、読んでいるならチェックして損はない本だ。
とはいえ、原著も英語でアクセスしにくい。そこで、7つの項目を簡単に紹介しよう*1。
以下は「SF性」=サイエンス・フィクショナリティを形成し、魅力を与えている7つのカテゴリだ。
- Beauty 01. 虚構的新語
- Beauty 02. 虚構的ノーヴム
- Beauty 03. 未来史
- Beauty 04. イマジナリー・サイエンス
- Beauty 05. SF的崇高
- Beauty 06. SF的グロテスク
- Beauty 07. テクノロジャイド
- おわりに
Beauty 01. 虚構的新語
Fictive neology––––SFには、「タイム・マシン」「亜光速ドライブ」「ロボット」「時雨」「無限不可能性ドライブ」のような新語がほぼ必ずと言っていいほど現れる。音のかっこよさや魅惑はもちろん、その語が発話される世界を予感させ、新しい世界の生成を支える力も持っている。
ちなみにこの点については、Stockwellという別のSF研究者の『SFの詩学』にも詳しい。
Beauty 02. 虚構的ノーヴム
Fictive novums––––「ソラリスの海」「季節ごとに性が変化する知的生命体」「火星人」「フランケンシュタインのつくった怪物」といった現実世界には存在しない(か一般的に実装されたりはしていない)技術・生物・人工物・出来事などであり、SFの世界と物語をドライブさせる新事象=ノーヴム。しばしば新語が指示する対象。ダルコ・スーヴィン曰く、SFであるための必要条件であり、認知的異化をもたらすSFのコア。
ちなみに日本で読める解説としては自著のものもおすすめ。
Beauty 03. 未来史
Future history––––近年、ビジネスや組織で未来を考えるために用いられる手法であるSFプロトタイピングの主題がそうであるように、SFは、現在と関係する未来を描くことによって、現時点から未来を様々に想像することを可能にするジャンルである。その際には、単に未来が想像されるのではなく、必ず現時点からどんな未来たちが可能かが想像されることで、未来から見た現時点が再考されたりする。未来を想像する意味については、自著も参考。
Beauty 04. イマジナリー・サイエンス
Imaginary science––––存在しない、あるいは存在する科学技術を社会と絡み合わせることで、その科学技術のポジティブ/ネガティブな価値を語れるようになる。上のSFプロトタイピングはまさにその効果を用いている。SFがSFらしさとして重要なのは、単なる科学技術の未来を記述するだけではなく(それはおそらくたんなる説明書やスペックカタログになるだろう)それが人間社会に与える価値も再考する点にある。
日立製作所と協働で行ったSFプロトタイピングは、こうしたイマジナリー・サイエンス+テクノロジーの観点から、すぐ未来の実装されつつある科学技術をSF的に思考しようとしたものだと再定義できる。
Beauty 05. SF的崇高
Science-fictional sublime––––壮大なグランドキャニオン、打ち捨てられた巨大な共産主義圏の遺構を見た時に感じる、感嘆と慄きの入り混じった経験。それが崇高だ。SF的な崇高は銀河サイズの脳を持った生命体であったり、超巨大な建築物であったり、ガンマ線バーストのような宇宙スケールの災害であったり、ともかく巨大で、多いものであり、私達を圧倒するものだ。
この点についてはSF作家の草野原々がインタビューで「とにかくデカいオブジェクトがあること」を良いSFの特徴として挙げていたことが思い出される。
Beauty 06. SF的グロテスク
Science-fictional grotesque––––『鋼の錬金術師』に出てくる、人を利用したキマイラ、屍体をつなぎ合わせて作った蠢く『フランケンシュタイン』の子ども、『メイドインアビス』のボンボルド卿がつくりだす、生命を利用したおぞましいテクノロジー。人と人でない生き物、生と死、そうした存在論的に交わってはいけないものを越境させるとき、私達はおぞましさを感じる。こうした汚濁の産物が科学技術によって生成されるとき、私達はSF的グロテスクの美を感じる。
日本SF・ファンタジーはSF的グロテスクの宝庫だが、SF的崇高も含めて言えば、近年では草野原々がSF的崇高とグロテスクの旗手である。
Beauty 07. テクノロジャイド
Technologiade––––最後に挙げられるのは、テクノロジャイド。科学技術による人間社会の変容を描くことで、現在地点での私達を取り巻く科学技術のあり方を私達に理解させ、あるいは、科学技術を親しんだ文化やサブカルチャーの価値体系へと引き込む作用だ。
言い換えれば、これは科学技術を私達の文化的な想像力へと参入させるような働きだ。SFは、科学技術が私達にもたらす経験を語るための水路を引こうとする。例えば、『ゴジラ』が原子力のイメージを怪物へと転嫁させるように、ウイルスがゾンビたちに転嫁されるように、そのままでは受け止められない衝撃や生活を変える科学技術たちを知解可能なものへと変容させる営み。
おわりに
自分で書いていても、SFを読み、書く時に非常に役立つ7つの項目だと感じた。ぜひ原著も含めて読んでほしいし、SFスタディーズ、おもしろそうじゃないかと思っていただけたらさいわいだ。
宣伝だが、SFプロトタイピングの地図を描いた共編著『SFプロトタイピング』
異常論文というフォーマットで、SFの可能性を探求する『異常論文』どちらもぜひ読んでください。
*1:わたしはまだ数章しか読めていない