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SFの認知詩学:ピーター・ストックウェル『SFの詩学』The poetics of science fiction

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1. 認知詩学とはそもそも何か

ピーター・ストックウェルの『SFの詩学』を読んだ。SFを認知/詩学的に分析する本で非常に魅力的な研究だ。どう魅力的なのか? SFの学術的研究=「SFスタディーズ」そして文学研究に新たな可能性を吹き込むからだ。

The Poetics of Science Fiction (Textual Explorations)

The Poetics of Science Fiction (Textual Explorations)

  • 作者:Stockwell, Peter
  • 発売日: 2000/05/02
  • メディア: ペーパーバック
 

本書は「認知詩学」の系譜にある。日本語では認知詩学のウェブでのまとまった紹介はないのでここで行おう。

そもそもストックウェル自身、1990年代初頭から盛り上がりはじめたこの分野の牽引者になる。彼の別の本『認知詩学入門』や色々を読むと次のようにまとめられる。

認知詩学とは文学作品や物語を対象に日常言語との連続性を意識しつつ、認知心理学認知言語学などの自然科学志向のアプローチと伝統的な人文的文学研究アプローチの両面から様々な読者の読書経験の共通性を明晰に分析しようとする文学研究ジャンル

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認知詩学は概念のインフラ整備と読解過程の明示化を目指す。他の批評理論(精神分析フェミニズム理論・ポストコロニアル理論……)と対立するのではなく、それらの理論がよって立つ地点「そもそもの文章を読む時わたしたちは何を処理し理解しているか」を分析する。

これらのオーソドックスな文学理論研究と対比的なのは差異よりも同一性に焦点を当てる点にある。わたしたち読者がそれぞれに引き出す多様な解釈を発散させる妙が文学理論だとすれば、わたしたちヒトに共通する解釈の処理過程を探ることで、なぜ多様性が生まれるのかを明らかにしようとするのが認知詩学である。

代表的な論者には、ノーム・チョムスキー生成文法論に対置する形で認知言語学の流れを生み出した先駆者としてのジョージ・レイコフ&マーク・ジョンソンの金字塔『Metaphors we live by(生の中の隠喩。邦訳:レトリックと人生)』から始まり、キャサリン・エモット(Catherine Emmott)、ドナルド・フリーマン(Donald Freeman)、マーガレット・フリーマン(Margaret Freeman)デイヴィッド・ハーマン(David Herman)、アラン・リチャードソン(Alan Richardson)エリーナ・セミノー(Elena Semino)、ジョアンナ・ゲイヴァンス(Joanna Gavins)、イェシャヤフ・シェン(Yeshayahu Shen)、ジェラード・スティーン(Gerard Steen)、リサ・ズンシャイン(Lisa Zunshine)、ジル・フォコナー(Gile Fauconnier)、リチャード・ゲーリック(Richard Gerrig)、レイモンド・W・ギブス三世(Raymond Gibbs)、ポール・ワース(Paul Werth)らが挙げられる*1

専門のジャーナルはまだないはず。文学理論系と認知/言語学系と認知心理学に散らばっている印象。論文自体はたくさんある。

論集はいくつか出ており、単著もかなりある。ストックウェルの『認知詩学入門(第二版)』(未邦訳)に2019年時点での便利なブックリストが載っているのでそちらを参照。

日本語では、教科書『認知詩学入門(第一版)』と論集『実践認知詩学』がある。両者とも絶版。

認知詩学入門

認知詩学入門

 
実践認知詩学

実践認知詩学

 
Cognitive Poetics: An Introduction (English Edition)

Cognitive Poetics: An Introduction (English Edition)

 

2. SFスタディーズの理論派

SF研究=SFスタディーズの地図の中でのこの本の位置は特殊だ。引用はかなりされているが、立ち位置が特殊である。

SFスタディーズは英米圏で盛んな、文学・映画・ゲーム・テーマパーク・建築など表現形式をまたいだSFジャンルの総合研究分野である。とはいえ、その多くはやはり文学研究にフォーカスし、批評理論を援用したものが多い。その中で詩学的なデカイ理論を打ち立てた研究はほぼ二つ。すなわち、マルクス主義からSFというジャンルを独自に再定義しSF文学史を作り上げたダーコ・スーヴィン『SFの変容』と本書『SFの詩学』である。

スーヴィンは分析/マルクス主義者であるわたしのフェイバリットSFスタディーズの一つであるが、ミクロな文体分析やSFの詩学的研究を行ったわけではなかった。むしろ、マクロにSFというジャンルを作り上げる壮大な営みである。

ストックウェルの本書はミクロな文章の特徴に焦点を当てながら、スーヴィンの言ったことを明確化しつつ、何よりスーヴィンが行わなかった1900年代中期以降のSFの分析に取り掛かっている点で学術史的にも価値ある研究だ。ぜひ一読を勧める。

ちなみにダーコ・スーヴィンを美学的に分析したわたしの発表論考はこちらにある。

3. 目次と各章紹介

『SFの詩学』は認知詩学を具体的なSFジャンル作品に当てはめて使ってみようという本だ。認知詩学についても紹介があるので、関心のある人はこの本から読み始めても悪くはない。SF好きならこの本を読むとSFならではの文学的特徴を再確認することができて「あ、そうそう! 言われてみればそうだわ!」体験を無限にできる。同時に論争的な部分、納得できない部分も多くあり発展を考えるのも楽しい。

本書の中身について各章私見を交えて簡単なコメントをしておく。

第一章:出発点:方向と地図。

認知言語学、認知詩学からSFジャンルのテクスト分析を行う。「サイエンス・フィクション詩学」のタイトルは、SFの詩学的分析と詩的な側面の分析の二つの意味。SFの定義問題にプロトタイプ理論から答えたり導入だがためになる。

第二章:マクロ:古い未来

ダイクシス/直示表現がSFの「もっともらしさ」をどのように作り出すのか、初期のウェルズ、ステープルドン、中期アシモフブラッドベリ、後のギブスンまで比較する。特に直接法と単純過去に満ちた初期から、時制やモダリティ表現が歴史的に発達していく分析がたのしい。

第三章:ミクロ:フューチャープレイ

言語学SF、SFにおける言語観を概観し、ドキュメンタリー的な複数の語りのコラージュ、ヴァナキュラーな未来の言語、「情動的テーマ化」(言語的技巧による表現くらいの意味か)、ポストモダニズムとSFの関係。言語表現の特殊性からSFを考える興味深さが窺えた。

第四章:マクロ:外宇宙

1920年代よりSFの源流を作ってきた安価なパルプSF雑誌に代表されるパルプSFの詩学的特徴を文体やキャラクタ、語りの特徴などから分析。正統的な文学的価値を否定されがちなパルプSF特有の歴史的・詩学的価値を示す。著者の分析にはSFへの源流への愛にあふれていていい。

第五章:中間点、回顧と予期

社会的交渉の中で形作られるジャンルとしてのSFの特有さ。SF史を問うことが文学史そのものを問う可能性。ポストモダニズムとSFの大きな距離。SFを哲学や文化研究の題材として使う是非など。SFジャンルの生成はSF雑誌研究と連動して非常に面白い文学史研究になるだろう。

第六章:ミクロ:ニュー・ワーズ

SFの特徴である様々な新語(neologism)「ジャックイン」「ユートピア」「エイリアン」がどのようにできるかを言語学から分析。思いもよらずウケる。でも新語造作は概念工学のテーマで、SFのもっともらしさやジャンルを隔てるのは新語で現実にも影響するいいトピック。

第七章:マクロ:ニュー・ワールズ

可能世界論からフィクションの命題を理解するアプローチとその限界、命題ではなく読者が虚構世界をどのように理解しているのかを分析する基礎記憶構造とフレーム理論の紹介とSF特有のフレーム置換の戦略。一番ためになった章の一つ。可能世界の限界を述べててよい。

第八章:ミクロ:詩的平面

統語論的・文法的なメタファの分析。SFの歴史的ジャンル変化とどの種類のメタファを用いるかが連動しているとの指摘。「SFはメタファを字義通り化する」という分析は非常におもしろい。詩的側面から離れたものとされがちなSF特有のメタファ使用が理解された。

第九章:到来:地の終わり

メタファの認知作用の理論からユートピアディストピア/アポカリプスジャンルにおいてSFが読者の現実の認識フレームをどのように解体・再構築するのかを分析する。さらにインタラクティブなSFの可能性について。

おわりに

認知詩学は、文学研究と聞いて多くの(自然科学的アプローチが好きっぽい)ヒトが思いつく謎「そもそも読んでいるとき、どういうことを脳と身体はしているのだろう?」を考えるための理論を作るジャンルであり、関心を持つヒトはきっと多い。自分の専門の分析美学っぽい態度とも共通しており、個人的にはとても魅力的なジャンルであり、一般的にもチャーミングのはず。その応用例である本書『SFの詩学』もとてもチャーミングな本だった。

実利的には物語創作研究に役立ちうる匂いがしており、応用美学を研究しているわたしはこの分野の先駆者にならんとしている。興味があれば共同研究・執筆などお声がけください。SFの認知詩学の最前線を駆け抜けていきたい。

*1:だいたい認知詩学などでググスカる(google scholar検索する)と出てくるいつメン。読み方は分からない。だいたい邦訳『実践認知詩学』を参照した。