Lichtung

ナンバユウキ|美学と批評|Twitter: @deinotaton|批評:lichtung.hateblo.jp

家父長制を批判する三つのやり方

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「家父長制(patriarchy)」とは何か*1

縁談が家名の下に進められる。役所の手続きで夫婦同姓を強制される。男性において称賛される勇敢・自由・自律といった振る舞いを女性が行うと非難される。避妊用ピル/緊急避妊薬の販売や流通許可の決定権を男性が持っている。総じて女性の自己決定や自由の権利が脅かされるとき、脅かす行為は「家父長的」だと言われる。

男性に勇敢・自由・自律といった振る舞いが強制的に奨励される。経済的自立を促される。労働能力の欠如を非難される。総じて男性の自己決定や自由の権利が脅かされるとき、脅かす行為は「家父長的」だと言われる。

性別二元論にはおさまらない人々が、典型的な家父長制の期待には答えない生き方の中で自己決定や自由の権利を脅かされるとき、脅かす行為は「家父長的」だと言われる。

家父長制的制度をこんなふうに捉えてみる。疑問が浮かぶ。では、人々の生活の質を下げるならなぜこのようなものが存在するのか? なぜ家父長制は存続し続けているのだろうか? 一部の人には利益を与えるかもしれないが、多くの人に不利益を与える非機能的にみえる制度が?

家父長制的制度を批判する三つの方法

制度は特定の問題を解決するために設計された人々の協調ルールである。家父長制的制度が制度なら、それは何らかの問題解決のために設計されている。男性同士の配偶者獲得をめぐる闘争を避けるための調整かもしれないし、結婚と家族の制度と結びついた特定の集団の存続のための制度かもしれないし、資本主義的な再生産奨励をドライブさせるためのパーツかもしれない。設計とはいっても、デザイナーがいるというより、自然的要因と集合的な人間の意図によって編み上げられたものだろう。

そう考えると、わたしたちが家父長制的制度を批判するとき、わたしたちが行える3つの戦略があると分かる。

  1. 家父長制的制度によって解決されていた問題を別の仕方で解決可能だと示すこと。
  2. 家父長制的制度によって解決されると思われていた問題は実は家父長制では解決されていないこと。
  3. 家父長制的制度によって解決されなければならない問題が家父長制によって生まれていると示すこと。

戦略1:家父長制的制度を使わなくても問題解決できる

これまで人間が生成する少なくない社会の中で家父長制的制度が設計されているようにみえる*2。偶然でないなら、家父長制的制度による問題解決を人類が何らかの意味で選び取りがちだということになる。普遍的に問題解決の仕方は無数にあるが、なぜよりによって「家父長制」と名指される制度が用いられるのか?

おそらく、人類の生得的な傾向性、認知バイアス、情報の偏り、競争原理、性淘汰、人類を取り巻く環境、集合的な行為の際の意思決定の仕組み、などが初期人類から現在まで、人類が家父長制的制度を採用しがちな理由を作っている。

こうした初期条件は現在のテクノロジーや文化的装置、別の制度の発達によって変更可能かもしれない。家父長制的制度のオルタナティヴの提示は、家父長制的制度が解決しようとしていた問題を特定し、それが実は別の制度によっても解決可能であることを示すことにある。

たとえば、人工の社会をシミュレートし、どのようにな条件設定をすれば家父長制的制度が発生するかを計算することで、家父長制的制度を生み出すパラメータを特定できるかもしれない。すると、そのパラメータをうまく変更してやれば家父長制的制度以外の問題解決ルールが誕生するかもしれない。

家父長制的制度とは、ローカルな局所解にいたってしまった状態だと言える。奴隷制がそうだったり、厳格な階級社会がそうだったりする。問題解決を行うルールではあるが、よりよいオルタナティブがあるかもしれない。ちょうど遺伝子アルゴリズムが局所的に適応度の高い解を見つけて、そこに嵌ってしまうように、家父長制的制度も人類の制度探索アルゴリズム最適化問題においての憂うべき局所解なのだ。その解を揺らしてやる必要がある。ちょうど金属に焼きを入れて邪魔な結晶を取り除き純度を高める「焼きなまし(アニーリング)」のように。必要なのは、制度アニーリングなのだ。社会批判は焼きなましなのである。社会に焼きを入れること。

この戦略は難しい。なぜなら家父長制的制度が何らかの問題を解決してしまっているとしたら、とりあえずわたしたちはそれを使い続けてしまうからだ。それ以外の問題解決の方法を開発し、それが実装可能であることを示さなければならない。不可能ではない。わたしたちは未来を設計しなければならないということだ。

戦略2:家父長制的制度ではそもそも解決していない

家父長制的制度を仕方なく採用しているとしても、そもそも家父長制的制度が問題を解決していないことはありそうだ。たとえば出生率の維持のために家父長制的制度があるのだ、とか夫婦同姓は家庭の絆を高めるのだ、といった主張に対応する戦略である。この場合は家父長制的制度が問題を解決していないことを示すという事実のレベルで争える。

戦略3:家父長制的制度のマッチポンプ

家父長制的制度が解決している問題が家父長制的制度によって生まれているマッチポンプのケースでは、家父長制的制度をやめれば問題が消失する。

このケースでは、家父長制的制度が解決している問題がどのように生成されているのかを分析し、それがよりのっぴきならない外的要因によるというより家父長制的制度そのものが生み出すものであることを示せばよい。

制度をデザインするために

家父長制批判のモチベーションは簡単で、うまくいっていない制度を改訂したい、というシンプルな欲求だ。それは非機能的なレガシープログラムを社会が運用し続けていることからくるわたしたちの生活の質の低減というコストへの批判だ。わたしたちの権利の誤った分配の問題だ。わたしたちがそれぞれに権利を支払わなければならない燃費の悪い制度があれば、しかもそれが不平等な形でコストが分配されている制度があれば、それを変えたいという願いだ。

制度設計のレベルで家父長制批判を行う、家父長制をサービス終了し、よりよい制度を始めること。家父長制を採用したい人はもしかしたらその批判者と同じ問題を解決したいのかもしれない。あるいは、問題点そのものを見逃しているのかもしれない。制度のデザインのレベルではわたしたちはたとえ敵対していたとしても、データによって議論できる。それを拒否するなら、どこかでイデオロギー闘争にはなるかもしれないが、その手前で話せることはかなり多くあるだろう。

古い制度のデザインを使い続けたいという気持ちは誰にもある。よく知っているし使い方が分かる。だが、わたしたちは世界をデザインしよりよいものに変えてきた。プロダクトだけではなく、制度もまたデザインできる。制度は自然ではない。だからわたしたちの手で変えられる。よりよい世界のためにわたしたちにできることはかなりある。

*1:この文章は『不平等の進化的起源』を読む前のエッセイだ。ゲーム理論の道具を何も持たずに直観で議論するとこういうことが言えるという事例として参考にして欲しい。しかし三つの分類はそれなりに有用だとも思われる。

*2:むろんわたしの知らないオルタナティブは無数にあるだろうし、家父長制的制度を採用していなかった社会の方が多いのかもしれない。