Lichtung

難波優輝|美学と批評|Twitter: @deinotaton|批評:lichtung.hateblo.jp

移民ユートピアを求めて:Aimee Bahng(エイミー・バン)『Migrant Futures(移民的未来)』の紹介

概要

金融投機や経済発展の物語に翻弄されるのではなく、そこから解放される道があると、サンフランシスコ州立大学のエイミー・バンは主張している。

バンは、People of colorの作家たちによるスペキュラティブ・フィクションこそが、新しい未来を切り拓く鍵なのだと説く。バンが『Migrant Futures』で分析するのは、1990年代以降に書かれた作品群だ。これらの作品は、SF的な設定を通して、植民地時代の負の遺産や、科学技術が生み出した負の側面を鋭く指摘している。そうすることで、近代の進歩的な神話に異を唱え、西洋中心主義を解体しようとしている。

Duke University Press - Migrant Futures

たとえば、カレン・テイ・ヤマシタの『熱帯雨林の彼方へ』は、フォード自動車がブラジルに造ろうとしたゴム農園の失敗を描いている。この作品から、環境破壊や人権侵害に満ちた企業活動の実態が浮かび上がってくる。

一方のナロ・ホプキンソン『真夜中の強盗』は、近未来の世界を舞台に、身体が変異したキャラクターたちの冒険を描き出し、生物学的な境界を越え、新しい「家族」のあり方を示唆している。これらのフィクション作品が描くのは、従来の発展の物語からは見えてこない世界。移民やPeople of color、クィア/トランスを生きる人々の生き様が、新しい未来観を提示している。

たしかに資本主義社会は日々、発展と成長を約束し、金融投機(financial speculation)で未来を商品化しようとする。しかしそこには、権力から追放された人々の視点が欠落している。

グローバル資本主義に翻弄されるなかで、未来を金融的に投機する=スペキュレイトするのではなく、フィクション空間の中で思弁する=スペキュレイトすること。バンが描くのは、別の賭け=スペキュレーションの可能性だ。

各章について

Chapter 1: インペリアル・ラバーの投機の流れ カレン・テイ・ヤマシタの熱帯雨林の未来

カレン・テイ・ヤマシタのフィクション『熱帯雨林の彼方へ』は、アマゾン熱帯雨林における歴史的かつ新植民地主義的な搾取、特にゴム採取に焦点を当てている。本章では、この作品とフォードの物語を通して、帝国主義、資本主義、環境・社会への影響を批判的に検証し、事実の歴史とスペキュレイティブな要素を交錯させ、開発と搾取の物語に挑戦する。

Chapter 2: 祖国の未来

本章では、スペキュレイティブ・フィクションと国境安全保障戦略の交錯を検討する。アメリカの国土安全保障省がSF作家と未来の脅威を想像するコラボレーションを行う中で、フィクションが軍事・治安戦略に与える影響が浮き彫りになる。メキシコとの国境での監視と治安強化を助長するこれらのシナリオを批判し、未来の国境の姿をめぐるメディアの描写を分析する。

Chapter 3: 投機と膣鏡

投機的経済と生殖技術のなかでPeople of colorの女性が被るインターセクショナルな苦境を扱う。代理出産や生殖労働のナラティブを通じて、商業的代理出産産業、特にグローバル南の女性の搾取が論じられる。ディストピア的未来の描写を批判し、生殖技術、帝国主義、資本主義に関わる言説を批判する。

Chapter 4: アジアの世紀の残酷な楽観主義

シンガポールや中国による太平洋での大規模な土地造成計画とその地政学的、経済的、環境的影響が考察される。シンガポールの変容と中国の南シナ海における領土主張の背後にある島々の開発に着目し、これらを「アジアの世紀」、投機的経済成長、アジア台頭に伴う周縁化された集団の課題といった広範なテーマと関連づける。

Chapter 5: ソルト・フィッシュ・フューチャーズ:照射された太平洋とヒトゲノム計画の金融化

太平洋での核実験の環境的・生物学的・社会政治的影響と、遺伝子研究の商品化を論じる。マーシャル諸島における米国の核実験の影響を検証し、遺伝学の金融化へのシフトを追う。ラリッサ・ライの「ソルトフィッシュガール」を手がかりに、新自由主義的未来主義を批判し、核実験と遺伝子実験の歴史的トラウマを認識した上での公正でインクルーシブな未来観を提示する。

エピローグ: 言説としての投機、豊穣としての思弁

サミュエル・ディレニーとミシェル・フーコーに基づき、言説が未来理解をいかに形作るかを探る。支配的パラダイムに挑戦し、特にマージナルな視点から別の未来を想像するSFの役割を強調する。ここでは、グローバル資本主義の枠組みを超え、関係性、経済、存在の在り方を新たに構想するSFの可能性が強調され、「移民的未来」は抵抗と創造性の実践として位置づけられている。