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ピーター・キヴィ『音楽哲学入門』 読書ノート 第4章 もうすこし歴史の話を

はじめに

 断片的だった知識がひとつの流れとして立ち現れる、そうしたことを歴史叙述は行う力があるのだと、キヴィの整理を読んでいると気づかされる。

ピーター・キヴィの『音楽哲学入門』今回で4回目となった。全13章の三分の一の少し手前、まだまだ長いが一行ずつ読んでいきたい。

Introduction to a Philosophy of Music

第1章→ピーター・キヴィ『音楽哲学入門』 読書ノート 第1章 …の哲学 - Lichtung

第2章→Dedicated to Peter Kivy. Introduction to a philosphy of music 読書ノート その2 第2章 すこし歴史の話を - Lichtung

第3章→ピーター・キヴィ『音楽哲学入門』読書ノート 第3章 音楽における情動 - Lichtung

第5章→ピーター・キヴィ『音楽哲学入門』 読書ノート 第5章 形式主義 - Lichtung

第6章→ピーター・キヴィ『音楽哲学入門』 読書ノート 第6章 強化された形式主義 - Lichtung

6/2 訳語訂正:the arts, fine arts, form, understanding

訳語についてご指摘をいただきました。

the arts 技芸、技術→(諸)芸術。fine arts 芸術→美しい技術。

form 形式・かたち→形式に統一。understanding 理解力→知性。

第4章 もうすこし歴史の話を A Little More History

第4章では、18世紀後半から19世紀末にかけて、表象説とは別のしかたで、音楽がいかなる存在だと考えられえたのかを、〈形式formをキーワードに、カントハンスリックガーニーの3名の思想家の思索を辿ることで概観する。

まず、18世紀後半に至る、声楽から器楽への流れに目をやり、音楽が芸術においてどんな位置を占めていたかを、〈美しい技術〉というカテゴリーの誕生と〈表象〉というパスワードを軸に確認する。そして18世紀末、音楽哲学的問題をはじめてとりあげたカントの音楽観をまとめ、次に、19世紀中期、カントの問題設定を継承したE. ハンスリックの議論を「非-意味論的・統語論的」な音楽論として捉え直し、最後に、ハンスリックの影響を受けたであろう、19世紀末におけるE. ガーニー「メロディーの形式主義という説明を追う。この章では上記の5つのトピックを扱う。 

1. 声楽から器楽へ 〈18世紀へ〉

わたしたちがいま扱っているのは主に絶対音楽、つまり歌詞を持たない器楽曲である。しかし、現在この世界に住むひとびとのおおくにとっては、むしろ音楽とは歌われるものを意味する( 'music' means sung music)。かつまた、人類の歴史を紐解いてみても、ひとびとが耳を傾けてきたのは歌われる音楽だった。(p.49, par.1)
第2章では、音楽と情動の問題を扱う音楽の哲学が長きにわたって、すこしずつしか深まっていかないさまが概観されたが、それは、ゆえのないことではない。音楽が言葉とつよく結びついているあいだは、音楽と情動をめぐる問題は表立ったものにはならなかった。わたしたちが問うている問題の発生と、純粋な器楽曲の誕生とは深く関連したできごとなのだ。情動を表現しているわけではないように思える絶対音楽の出現こそが、音楽と情動をめぐる問いを可能にした

この事態を「現代の「音楽の問題」は純粋器楽曲、すなわち絶対音楽、〈音楽だけの音楽〉が産んだ子どもである」(The modem 'problem of music' is the child of a pure instrumental music: absolute music; music alone.)という言葉でまとめておこう。(p.49, par.2)

2. 〈美しい技術〉というカテゴリーの誕生、表象というパスワード  〈18世紀後半〉

第2節の内容
  • 器楽曲の前史
  • 〈美しい技術〉というカテゴリーの誕生
  • 表象というパスワード
器楽曲の前史

それでは、器楽曲はどのような状況のなかで誕生し、わたしたちが問うている問題はその誕生とどう関わっているのだろうか。
18世紀以前、中世、ルネサンス期、そして17世紀において、作曲家の人生のほとんどすべては声楽曲(vocal music)の作曲のために捧げられていた。教会、世俗的な行事、そして、後にはオペラハウスや、国家的な行事のために作曲をしていたのだった。(p.49, par.3)
このような状況のなかで、純粋な器楽曲は、声楽曲を編曲したものに限られ、演奏される楽器もオルガン、ハープシコードリュートといったいくつかが見受けられる程度だった。
しかし、18世紀の後半、器楽曲におけるなにかが大きく変わった。その「社会的地位」は上昇し、作曲家の人生において、彼らの創造の時間は器楽曲のために費やされるようになった。(p.49, par.4)

〈美しい技術〉というカテゴリーの誕生

18世紀まで、詩や絵画、建築や舞踊といった表現のカテゴリーをまとめ上げるような概念は存在しなかった。けれども、18世紀になってはじめて〈現代的な(諸)芸術のシステム〉(modern system of the arts)すなわち〈美しい技術〉〈ファインアート〉(fine arts)というカテゴリーが登場した。そしてその〈ファインアート〉というカテゴリーには、いままで「工芸」だとみなされていた数々の活動が分類されうることにひとびとは気づいたのだ。(p.50, par.1)

詩や絵画、彫刻といった活動がつぎつぎにファインアートへと編入されていくなかで、そのカテゴリーに入ることになった最後のものは、もっとも問題含みのもの、つまり、音楽だった。(par.2)
音楽のいったいなにが問題なのか。実のところ、その問題こそは、わたしたちがここまで問うてきた問題なのだ。回答を急がず、いますこし歴史を辿っていこう。

はじめにみたような状況からも分かるように、プラトンから18世紀中期にいたるまで、声楽曲(vocal music)こそが「音楽」を意味していた。そして、プラトンから18世紀中期にいたるまで、音楽は人間の話し声を表象するために〈表象的な〉(representational)活動である、という見方が支配的だったのだ。表象説は、声楽曲をもっとも説得的に記述するために生まれたのだ。(par.3)

しかし、器楽曲をうまく説明できないことにひとびとは不満を覚えなかったのだろうか?

その時点では、純粋器楽はいまだ周縁的なもの、そしてたんなる余興にとどまっていたため、それに気を煩わせる必要はなかった。声楽曲についてのすぐれた理論があれば、それで事足りたわけである。(par.4)

表象というパスワード

ここで、〈ファインアート〉のカテゴリーと音楽の関係に戻ろう。

新しく生まれた〈ファインアート〉のカテゴリーに入るためには、音楽の全体を包括するような「理論」が必要だった。というのも、現代的な諸芸術のシステムがそれを求めていたからだ。もしそれが〈ファインアート〉なら、それを〈ファインアート〉足らしめるような定義された特徴がなければならなかったのだ(If it were the fine arts, there had to be some defining character...something that made them the fine arts.)。

その条件とは何か?

当時、ファインアートたらんとすれば、表象的でなければならなかった(To be a fine art required being representational)。〈表象〉はパスワードだったのだ。そして、声楽曲はその秘密の言葉を持っていた('Representation' was the password; and vocal music was in on the secret.)。(par.5)

しかしながら、18世紀後期に器楽曲が現れ、すべては変わった。器楽曲は声楽曲に対する「競合相手」となった。とはいえ、声楽曲のように、その素性が明らかであるわけではなかった。器楽曲がなにがしかを表象するのかどうか、議論の余地はあったのだ。すなわち、器楽曲がファインアートかどうかが問われることとなった。(p.51, par.1)

もし器楽曲がファインアートでないとしても、声楽曲から器楽曲を切り離して、声楽曲のみが音楽だとみなすことは難しくなっていた。というのも、当時、器楽作品が周縁的なものとして無視されていたわけではなかった。たとえば、当時の著名な器楽曲の作曲家であるハイドンの作品は、すでに国際的な名声を博していた。(par.2)

こうした現実のなかで、しかしながら、なおも、音楽が〈ファインアート〉かどうかははっきりしていなかった。というのも、問題は、つぎの信頼できる古い定説がまったくうまくいかない、少なくとも、はっきりとわかるかたちではうまくいかなかったことにある:「〈ファインアート〉は、表象の諸芸術である。音楽は情念的な喋り声を表象する。ゆえに、音楽は〈ファインアート〉である」("The fine art are the arts of representation, music is a representation of the passionate speaking voice, so music is one of the fine arts." )(par.2)

3. カント:その思考、その思考の音楽への適用  〈18世紀末〉

第3節の内容
  • その思考
  • 感性的・普遍的な判断
  • 美の判断
  • 無関心性・形式=かたち
  • その思考の芸術作品への適用
  • その思考の音楽への適用
その思考

前節で取り上げたように、18世紀のあいだ、ファインアートに関する哲学者たちの中心的な研究課題は、表象としてのファインアートの基礎を確立することだった。そこで、表象説ではうまく説明することができない絶対音楽、純粋器楽はつまづきの石となっていた。(p.52, par.1)
といっても、18世紀、音楽には表立って哲学的関心が払われていたわけではない。たとえば、リード(Thomas Reid 1710-96)は音楽の協和的な響きはよく整った会話であり、不協和な響きは怒りの表現である。と単純に説明するだけだった。

そうした状況で、音楽の哲学の進展におおきな役割を果たした哲学者がいた。その哲学者とは、イマニュエル・カント(Immanuel Kant 1724-1804)である。(par.2)

ここから、彼が美についてどのように思考したかをたどろう。のちにみるように、彼の思考はその後のハンスリック、ガーニーへと受け継がれていくさまざまな可能性を秘めたアイデアの集まりなのだ。

わたしたちがこれから扱うのはカントの『判断力批判』(Critique of Judgement, Kritik der Urteilskraft)(1790)である。これはふたつの部分から成り立っている。ひとつは「感性的判断力批判」(Critique of Aesthetic Judgment)もうひとつは「目的論的判断力批判」(Critique of Teleological Judgment)である。この章で扱うのは美についての判断を論じた前者のみである。(par.3)

感性的・普遍的な判断

それでは、カントはどのように美についての判断を論じたのか。
彼はまず、判断という行為を〈感性的〉判断と〈普遍的〉判断のふたつに分ける。

まず〈感性的〉(aesthetic)とは判断する者の主観的な感情や信念に基づいた判断のことである。たとえば「このステーキはおいしい」という言葉は「このステーキはわたしにとっておいしい」ということを意味している。
これに対して〈普遍的〉(universal)な判断とは、判断する者の主観的な感情に基づいているのではなく、普遍的に真であるような判断のことを意味する。
たとえば「命題Pは命題Pそれじしんと等しい」と判断を下すとき、ひとは感性的判断のように、「わたしにとって命題Pは命題Pそれじしんと等しい」ということを意味するわけではない。「わたしにとって、かつすべてのひとにとって、ある命題Pは命題Pそれじしんと等しい」という判断を下しているのだ。(p.53, par.1)

美の判断

こうした判断の批判を終えて、次なる主要な課題は、美についての判断(judgment of the beauty)はどのようになされるのかということだった。
「これは美しい」という判断は、食の好みのように単に感性的であるのだろうか? それとも、命題のような普遍的なものなのだろうか?
この問いに対してカントは、美についての判断とは、「感性的に、かつ普遍的になされる(judgments of the beautiful could be both aesthetic and universal)」のだと主張した。p.54par.1
これこそが感性的判断力批判において主題的に扱われた問題である。

無関心性・形式

さて、それではこの主張をするためキヴィはある例を用いる。
あるひとAとべつのひとBとがおなじ夕陽を見た。Aは「なんて美しいんだ。まさに神の栄光を示している」と感嘆し、Bは「ニュージャージー州の大気汚染のせいでこんなふうに光って見えるんだよね」と述べた。
このときどちらもがカントが主張するような美についての判断を下していないと言える。なぜなら、Aは感性的な判断を下しているかもしれないが、それは普遍的な判断ではなく、Bは普遍的な判断を下しているかもしれないが、感性的な判断を下してはいない。
このふたりに共通している判断の態度は、夕陽に対して判断を下すときに、夕陽以外の他の要素を加えて判断を下していることだ。Aはその信仰上の信念、Bはその知識を加えてしまっている。
そこで、カントは主張する。AとBとがともに、こうした個人的な要素をすべて取り除き(removed all of the personal factors)、夕陽の視覚的なかたちそのものに集中したとき、すなわち〈無関心性〉(disinterestedness)のもとで夕陽を見たとき、ふたりは「夕陽が美しい」という判断を同時に下すに違いない、と。(p.55, par.2)

しかし、対象から、対象以外の信念や感情をすべて取り除いたとき何が残るだろうか? 答えはその〈形式〉(form)である。夕陽が美しいと同意するとき、無関心性の態度を持って夕陽に向かうとすれば、そのとき話題にしているのは夕陽の視覚的なあらわれ(visual appearance)のかたちなのである。(par.3)

夕陽がどのような状態で存在していても、夕陽の視覚的なあらわれは変わらないままでいる。そして趣味の純粋判断においてわたしたちが反応しているのは、その〈形式〉なのだ。これがカントの〈形式主義〉( formalism)である。(par.3)

しかし、 もしかすると、わたしたちの美についての判断は、たんにわたしたちが獲得してきた信念や概念(acquired beliefs and concepts)によってではなく、生得的に(inherently)異なっているのかもしれない。つまり、わたしたちが無関心性のもとで夕陽に向かったとしても、生得的な違いによって、異なる判断を下すかもしれない。(p.56, par.1)

こうした疑問を、カントは人間に共通して備わっているとされる能力に訴えることで退ける。
彼によれば、ふたつの共通の基本的な人間の能力がある。すなわち、想像力(定訳は構想力、imagination)と知性understanding)である。このふたつの能力が、無関心性のうちでかたちに向かうとき、それらは〈自由な戯れ〉(free play)の状態におかれる。そしてこの〈調和的〉( harmonious)状態では、想像力と知性とははたらくことなく、ただそれ自身で喜びをもつ。ゆえに、美の判断は感性的でもありかつ普遍的な判断になるのだ。(par.2)

その思考の芸術作品への適用

それではつぎに、芸術作品を美しいと判断するとき、どんな判断がなされているのかを見ていこう。
注意しておかなければならないのは、ファインアートの哲学においては、カントは形式主義者(formalist)ではなかったということだ。形式主義が、ファインアートにはその形式しかないとするものだとすれば。むしろ、カントはファインアートが表象であり、核となる内容(content)と意味(meaning)をもっていると考えていた。(par.4)
それではその内容や意味とはどういうものであるのか。カントは、内容をふたつのレヴェルに分割した。〈明白な内容〉(manifest content)と〈感性的な観念〉(aesthetic ideas)である。(p.57, par.1)

これを説明するためにキヴィは詩の例をあげている。すこし言い換えて説明してみたい。

前者は、たとえば「古池や蛙飛び込む水の音」という芭蕉の句の内容の「蛙が古池に飛び込み、それによって水の音がした」というような具体的な内容のことを指す。これは、すぐれた作品でなくとも、多くの作品がもっている性質である。
後者は、芭蕉の句の、たんなる具体的な内容ではなく、芭蕉の句そのものがもつ美である。
こうした天賦の才(genius)だけが作り出し得る〈感性的な観念〉は、汲み尽くしえないような内容(ineffable content)であり、ふれたものに、ゆたかな観念の連合(rich chain of ideas)を惹き起こすものであると言われる。そしてこの〈感性的な思考〉こそが想像力と知性とによる〈調和的〉な〈自由な戯れ〉を生み出しうるとカントは考えた。par.2

そして、カントはフォーマリストではないにせよ、芸術作品にも、それが美しいものであるためには、当然前述したような〈形式〉が必要であると考えた。さらにここで、芸術作品における〈形式〉について議論を深めよう。
カントは、芸術作品における〈美〉(beauty)と〈魅力〉(charm)とをはっきりと区別した。par.3
たとえば油彩画を例にあげてみよう。
油彩画には、〈形式〉としてさまざまな輪郭や物が描かれており、これをわたしたちは〈美〉だと判断しうる。同時に油彩画は、さまざまな「」が見られる。こうした色は、カントにとっては〈形式〉ではなく〈魅力〉であって、〈自由な戯れ〉を惹き起こすことはなく、ただ、物理的な感覚として快い(the pleasure of physical sensation)だけのものだとされる。

それではここまでをまとめよう。

To sum up, then, Kant thinks that works of the fine arts, the works of genius, exhibit two definitive characteristics. They possess beauty of a form; and they possess representational deep content: the power to excite a chain of ineffable ideas, the aesthetic ideas, which, like the beauty of form, engage the harmonious free of the imagination and understanding.(p.58, par.1)

天才による芸術作品は次のふたつの決定的な性格を持つとカントは考えた。すなわち、形式の美しさ、そして表象的な深い内容、つまり汲み尽くしえない観念の連合を惹き起こしうる、感性的な観念である。後者はかたちの美しさと同様、想像力と理解力との調和的な自由な戯れを生むのだ。

その思考の音楽への適用

以上のカントの説に従えば、ある対象が芸術であるためには〈形式美〉(formal beauty)と〈感性的な観念〉(aesthetic idea)を触発するような内容(content)を備えていなければならない。
さて、それでは音楽はカントの芸術の定義を満たすのだろうか。
カント自身の説明によれば、音楽は振動(vibration)という形で形式美を備えている。しかし、音楽は、身体の緊張をほぐしたりすることはでき、また、月並みな情動を惹き起こすものの、精神に対しては関係することがない。つまり、音楽は感性的な観念を触発するような内容を備えていない、とカントはみなす。このため音楽は「形式的には芸術のようなものだが、内容は備わっていない(It is artlike in form, but not in content. p.59)」とされる。

4. E. ハンスリック:非意味論的、統語論的な音楽  〈19世紀中期〉

以上のカントの説は、しかし、音楽を深く聴き、あるいは音楽実践のうちで生まれた思考ではなかったと言える。とくに、彼が音楽は月並みな情動を持つものの、内容を備えていないというとき、それはとくに音楽の実践者にとっては説得的ではないだろう。そこで、カントの説を受け継ぎつつも、みずからの幅広い音楽経験をもとに思索した、E. ハンスリック(Eduard Hanslick 1825-1904)の議論を見ていこう。(p.59, par.1)
ハンスリックは第2章でふれた『音楽美論』のなかで、もうひとつ別の主張をしていた。
彼は、音楽を〈響き動く形式〉(tonally moving forms)と定義した。この詳細を見ていこう。

カントは音楽をギリシャ様式(à la grecque)、すなわち静的な模様のかたちにたとえたが、ハンスリックは音楽を音の万華鏡にたとえた(Music is, for him, the sonic analogue of the kaleidoscope)。(p.60, pa.3, 4)刻々とかたちが変化していく万華鏡との類比は、音楽の動きをうまく言い表したものと言える。
ハンスリックはこうした音楽の動きを指摘すると同時に、カントが音楽を感覚の美しい戯れ(beautiful play of sensations)と表現したことに対抗するかたちで、音楽がたんに耳を喜ばすだけの響きではない(music is not merely 'an ear-pleasing play of tones')ことを主張した。そのことを裏付けるためにハンスリックは音楽をさまざまなかたちで定義する。(p.61, par.1)
音楽は模様ではなく、絵画である。しかしその内容を言い表すことはできない。音楽は意味とは論理をもっている。しかしそれは科学や歴史におけるようなものではなく、ただ音楽においてのみあらわせるようなものである。そして音楽は模様ではなく、言葉である。発話や理解はできるが翻訳することはできないような言葉である。(p.61, par.2)
ハンスリックはこのように、音楽が論理的なものでありつつ、具体的な意味内容を持たないことを認めていた。
こうした論理と意味の関係の比較例をわたしたちは、わたしたちの言語に見つけることができる。わたしたちの言葉は、ある内容をもっている。それは、言葉の並び方、助詞や名詞の正しい配列によって生み出される統語論(syntax)的はたらきと、言葉のひとつひとつが意味論(semantics)的に具体的な、あるいは抽象的な概念との対応を持つことで生み出されている。
以上をふまえると、現代のわたしたちは、彼の主張をこう整理することができる。
ハンスリックは、絶対音楽を、非-意味論的かつ統語論的な音楽(syntax without a semantics)とみなしていた。つまり、具体的な意味を持たないものの、論理的な諸要素の結合によって内容を生み出す力をもった芸術だと考えていたのだ。(p.63, par.2)

5. E. ガーニー:メロディーの形式主義  〈19世紀末〉

以上のようなハンスリックの説は、音楽の形式主義的理解の発展に方向性を示した。次に、ハンスリックの音楽理解の直接的な後継者といえる、E. ガーニー(Edmund Gurney 1847-1888)の1880年の著作 The Power of Sound『音楽の力』を取り上げよう。
ハンスリックの形式主義的理解を受け継いだガーニーは音楽を理解するにあたって、そのメロディーに注目した。この意味で、彼は、メロディーの形式主義(formalism of melody)を唱えたと言える。(p.63, par.1, 2)
彼は、音楽の内容は、メロディーの連結性(connectedness of melody)によって生み出されると主張した。確かに、よくないメロディーを耳にすると、わたしたちは、音が連結していない(disconnected)と感じる。(p.64, par.1)
こうした議論によって、ハンスリックにおいて抽象的であった説明を彼は具体的なメロディーの連結性によって裏付けようとしようとしたのだ。
しかしガーニーのメロディーの形式主義にはふたつの問題がある。
ひとつには、音楽は要素はメロディーだけではないということだ。ガーニーが聴いていただろう音楽、たとえばベートーヴェンの作品からメロディーとそれ以外を切り離して理解することはできない。
ふたつには、ガーニーのメロディーを音楽理解の中心に据える視点から言えば、中世、ルネサンスの音楽は十分にメロディーを重要視していたとは言えないことになってしまう。そうすると、それらの音楽が音楽的に「未発達」だというステレオタイプによって理解されることとなってしまう。(p.64, par.2)
さらに、メロディーの連結性とは一体なんなのかを考えてみると、疑問が生じる。
そこにはなにか法則があるのだろうか? あるいは人間のふるまいや声に範例を求めるなら、たちまちに表象説へと転じることになる。こうした疑問に対して、彼は、理想的な音型(ideal motion)が、わたしたちの一般的な知覚を超えて存在し、わたしたちはそれを、音楽的能力(musical faculty)によってのみ知覚するのだと説明した。
けれどもこうした理想的な音型を仮構することなしに、わたしたちは、さまざまな事例を集めることで彼の理論を補強することができるかもしれない。(p.65, par.1, 2)

まとめ

この章では、18世紀後半から19世紀末にかけて、音楽がいかなる存在だと考えられてきたかを、〈形式〉をキーワードに、カントハンスリックガーニーの3名の思想家の思索を辿ることで概観した。その過程の中で、音楽の形式主義的理解の可能性が浮かび上がってきた。
次の章では形式主義についてさらなる論考をすすめよう。