Lichtung

難波優輝|美学と批評|Twitter: @deinotaton|批評:lichtung.hateblo.jp

2018年7月に読んだもの:Vaporwaveとファッション批評、対話と詭弁と徳美学

キイワード
  • vaporwave、ファッション批評、哲学対話、古代懐疑主義、徳美学、詭弁

はじめに

こんにちは。夏でしたね。外に出るたび身の危険を感じながら、この夏をやり過ごしてきました。ここからがながい夏の暮れも生きのびてゆきましょう。

この記事はナンバが7月に読んだ論文と本のまとめです。当人の主たる目的は備忘録と論文紹介であり、論文や本探しのお供に読んでいただければうれしいです。

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26th:A. Koc「欲しいのはVaporwaveか、それとも真実か」(2017)

まとめ

80-90’sの表象を過剰に用いることで、消費文化へのノスタルジアを表現しつつ、たほうで、後期資本主義のキッチュと近代への逃避を風刺する多面的な表現としてvaporwaveを解釈する。「ノスタルジア」を主題とするvaporwaveを、たんなる-90’sへの憧憬の提示ではなく、社会とそのうちでのひとびとのあり方についての、表現を介した理解の試みであり、かつ、消費文化への批判の表現でもある、とする解釈が試みられている。

そのために、第1節では、F. Jamesonを参照し、グローバル社会におけるじしんの階級的立ち位置を表現を介して反省することで、後期資本主義に対する批判の手がかりとする「認知的マッピング」という実践が提示され、第2節では、そうしたら実践の試みとしての視座からvaporwaveの画像と音響を分析する。次節以降では、R. Williams、B. Massumiらに依拠しつつ、Jameson的で明確な社会的-階級的立ち位置が消えた時代に、社会化以前で前人格的な感情=アフェクションを手がかりに、ノスタルジアを介して、じしんの社会的なあり方を描く「認知的アフェクティブマッピング」の試みとしてvaporwaveを解釈する。

ひとこと

Jamesonの「認知的マッピング」概念、また、それをMassumiらのアフェクト理論に接続した概念は興味ぶかいが、両理論がどのような文脈で提起され、どのような批判を受けてきたのかを確認する必要がある。いつも読んでいる文献の文体や視点とは毛色がちがうが、おおくの手がかりを得た。

Koc, A. Do You Want Vaporwave, or Do You Want the Truth?. capaciousjournal. com, 57.

22th:L. Glitsos「Vaporwave、あるいは遺棄されたショッピングモールに最適化された音楽」(2018)

まとめ

18 Carat Affairを対象に、vaporwaveを、消費資本主義を象徴する素材を用い、「存在しない記憶を思い出す」という美的な想起体験をもたらす表現ジャンルとして特徴づける。第一節は「vaporwaveとは何か」と題し、その歴史をかんたんに整理し、二節ではメディアが生み出す「起こらなかった出来事へのノスタルジア」をめぐって、vaporwaveを考察し、三節では消費文化における記憶の喪失性の表現の、そして、四節では、記憶の再編成の表現の試みとしてvaporwaveを特徴づける。

Glitsos, L., 2018. ‘Vaporwave, or music optimised for abandoned malls.’ Popular Music, 37(1), 100-118.

21st:J. Reponen「ファッション批評の現在?」(2011)

広告宣伝から一定の距離を取りつつ、ファッションを記述し、文脈づけ、価値づけることをめざすファッション批評が、今日、どう行われうるのかを、ファッションを取り巻く状況とそれに特有な問題とを記述するなかで考察してゆく。ファッションの状況について、とくに書き手とデザイナ、書き手と掲載媒体(ファッション雑誌、ブログ)との関係について、具体例を多く示している。よりひろい視野からの理論的考察は、Kyung-Hee & Van Dyke「ファッション批評のためのインクルーシブシステム」(2018)が参照できる。

Reponen, J. (2011) Fashion criticism today? In A. de Witt-Paul &M. Crouch (Eds.), Fashion forward (pp. 29–39). Oxford: Inter-Disciplinary Press.

20th:飯田隆『新哲学対話』(2017)

日常のことばによる哲学書。第一篇「アガトン」では、生活のなかで出会う嗜好と価値観をめぐる問いが、対話のなかで問われてゆく。美と感性をめぐる問いの意義とむずかしさ、なによりその魅力を伝える、哲学することへと誘う対話篇。

19th:J. アナス・J. バーンズ『古代懐疑主義入門』金山弥平

まとめ

古代懐疑主義を通した哲学実践の入門。テクストと向き合い、歴史をたどり、動機を拾い、論証を点検し、20世紀後半の英米圏の哲学者と比較しながら、哲学史に影響を残した「判断保留の十の方式」を解釈し、批判する。その歴史的背景の説明によって、議論を近づきやすいものとするとともに、各議論のていねいな解説と検討によって、古代の哲学が生気を帯びて立ち現れる。ある部分ではこれからの考察の手がかりとなりうるものとして。ある部分では、納得とつよい疑義を表明したくなるものとして。

ひとこと

とてもよい本。相対主義懐疑論に興味があるひとは読むと学びがあるし、哲学ってなにというひとで、主題に興味があるひとには勧めることにする。

古代懐疑主義入門――判断保留の十の方式 (岩波文庫)

古代懐疑主義入門――判断保留の十の方式 (岩波文庫)

 
18th:P・ゴールディ「芸術の徳」Philosophy Compass

近年議論のひろがりをみせる徳美学(virtue aesthetics)について、⑴徳に関する他分野の議論、⑵徳概念とその議論の芸術的活動への援用に際しての前提、⑶諸々の議論、そして、⑷展望と応用とを紹介する。

Goldie, P. (2010). Virtues of art. Philosophy Compass, 5(10), 830-839.

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/j.1747-9991.2010.00334.x

7th:Kyung-Hee & Van Dyke「ファッション批評のためのインクルーシブシステム」(2018)

まとめ

美学、文化社会学の議論を手がかりに、ファッション批評が「だれによって」「どのように」「どのようなレベルで」行われているのかを包括的に整理するモデルをつくりあげる。デザイナ、研究者、エディタといった、さまざまなエージェントによる異なるレベルの批評活動が影響しあうことで形成されるファッション批評のモデルが提示される。作品-商品のどちらとしても扱われるオブジェクト(e.g., ビデオゲーム、デザインプロダクト)に関する批評の整理にも役立ちうるだろう。

ひとこと

ファッション批評の対象は必ずしも服そのものに限定されないし、批評の目的も多層的だ。といえばそれはそうだと思われそうだが、このように整理をされてはじめて対象を区別していくかの手がかりが得られる。この論文はとてもおもしろく読んだ。ファッション批評が気になるひとは読みましょう。美学からはじまり、受容研究、文化社会学といった横断的な領域の文献への指示もあり、ガイドとしてもよい感じ。

Choi, K. H., & Lewis, V. D. (2018). An inclusive system for fashion criticism. International Journal of Fashion Design, Technology and Education, 11(1), 12-21.

https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/17543266.2017.1284272?journalCode=tfdt20

1st:香西秀信『レトリックと詭弁 禁断の議論術講座』ちくま学芸文庫(2010)

まとめ

詭弁を回避するための詭弁入門。文学作品から政治的論争、日常における具体例を通して、詭弁とレトリックがどう使われるか、それらにどう対応しうるかを解説している。読書案内がありがたい。また、見え隠れする著者の屈託も含めおもしろく読んだ。

レトリックと詭弁 禁断の議論術講座 (ちくま文庫 こ 37-1)

レトリックと詭弁 禁断の議論術講座 (ちくま文庫 こ 37-1)

 

あとがき

いろいろ読めました。ファッションやvaporwaveといったあたらしいトピックにふれられたし、ちがう学問的態度で書かれた論文にも挑戦できて、文化論的研究への理解がすこし得られたとともに、それのなにを問うていくべきなのかも明確になりつつあります。

それでは。

ナンバユウキ(美学)@deinotaton