Lichtung

ナンバユウキ|美学と批評|Twitter: @deinotaton|批評:lichtung.hateblo.jp

フェミニスト哲学についての小さなメモ帳

はじめに

ラウトリッジコンパニオンの『フェミニスト哲学』*1の第二部と第三部の各章と関連する事項についてのメモを記載している。

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I. 身体、精神、世界

1. セックスとジェンダーの社会的構築

Haslanger, S. (2017). The sex/gender distinction and the social construction of reality. 157-167.

ハスランガーによる、ジェンダーとセックスの社会的構成の複数の意味の整理。「社会-歴史的プロセスの産物」という意味での「普通の意味での社会的構成」からはじまり、概念の変遷を追う系譜学から、概念の当たり前さは歴史的であり、概念は制度・ものによって現実化されていること、そして、概念は選択可能であり、批判可能であることを述べる。

次に、概念がつくりものだとしても、それは実際的な効果を持つことを指摘し、社会的に構成されるのは、概念のみならず、特定の一連の実践であることを指摘する。さいごに、概念ではなく、社会種が因果的 / 構成的に構成されるしかたについての議論を紹介する。

まとめれば、ジェンダーとセックスの社会的構成を語るとき、二つの概念とうまく付き合う必要がある。一方でジェンダーとセックスを概念や理念として考えるのか、実践と結びついた対象として考えるのか、社会種として考えるのか、人工物ではあるが、しかし、どのような実際的な効力をもつとみなすのか。

ジェンダーやセックスが社会的につくられている、と言われるとき、それはいったい何を言い表しているのだろうか。概念の構成を単なる社会-歴史的プロセスと考えるのか、より人為的な選択のプロセスとみなすのか、対象の構成を理念と実践の相互作用の中で考えるのか、種の構成を因果的 / 構成的な構成として考えるのか。つまり、X is constructed by Y のXとYの項と constructed の意味が問われる。

一方で、つくられるところのジェンダーやセックスとは、概念や理念なのか、それとも、ひとびとの具体的なそのつどのふるまい方なのか、それとも、「女性」や「男性」という種なのか。他方で、社会的につくられる、とはいったいどのような働きなのだろうか。それは、ひとびとの関わりのなかで、歴史的な時間のなかでつくられる、というふつうの意味なのか、それとも、社会的につくられるとは、特別なプロセスやメカニズムによってなのだろうか。「社会構築主義(social constructionism)」において、あるXがYによって社会的に構築される、の意味とメカニズムについてはさまざまな議論が行われている。

日本語文献では、哲学者倉田剛による『日常世界を哲学する』が社会存在論の視座から、社会的構築についての入門を提供している。

英米圏における存在論の教科書としては、同じく倉田によるつぎの二冊の『現代存在論講義』を勧める*2

現代存在論講義I—ファンダメンタルズ

現代存在論講義I—ファンダメンタルズ

  • 作者:倉田剛
  • 発売日: 2017/04/07
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現代存在論講義II 物質的対象・種・虚構

現代存在論講義II 物質的対象・種・虚構

  • 作者:倉田 剛
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フェミニスト哲学においては、サリー・ハスランガーが社会的構築の議論を数多く行っており、ハスランガーの論文集『現実に抵抗する』には、いくつかの重要な論考が納められている。

Resisting Reality: Social Construction And Social Critique

Resisting Reality: Social Construction And Social Critique

  • 作者:Haslanger, Sally
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だが、ハスランガーの議論にいきなり参加するのはわたしには難しかった。個人的には、つぎのスタンフォード哲学大百科事典の記事が参考になった。

Mallon, Ron, "Naturalistic Approaches to Social Construction", The Stanford Encyclopedia of Philosophy (Winter 2014 Edition), Edward N. Zalta (ed.)

訂正すべき点が多いがまとめ記事も参照のこと。

ジェンダーセクシャリティ・人種の哲学は、分析系哲学においては「社会存在論(social ontology)」の視座からも活発に議論されている。存在論という一見すると抽象的でわたしたちの実践には関わりのないようにみえる議論が、わたしたちのあり方そのもののありようを分析するための道具へと役立てられている。その方法論も含め批判も現れており、発展的な分野である。

2. ジェンダー反 / 本質主義

Mikkola, M. (2017). Gender essentialism and anti-essentialism. 168-179.
複数のジェンダー反 / 本質主義フェミニズム理論における五つの本質主義レパートリと本質主義をめぐる議論の意義と課題について。

フェミニスト理論家は集団としての「女性」の名のもとに話し、政治的要請を行う。だが、さまざまな時代と環境において一貫した「女性」集団が存在しうるのか。一方で「女性」という何らかのまとまりはフェミニズムの議論の前提をなすようにみえ、他方で統一的な「女性」の存在には疑問が付されている。

(1)生物学的本質主義:生物学的特徴、(2)分類的ジェンダー本質主義:社会的特徴、(3)分割可能-アイデンティティ本質主義:独立に定義可能なアイデンティティ、(4)規範的本質主義:女性の利害を代表するフェミニストの生産物、(5)個体本質主義ジェンダーはひとが個体としての存在に必要。

反 / 本質主義形而上学的議論の評価については、真偽の記述的なレベルとは関係しつつ、別の問題として、政治的目的に寄与するかどうかからも実践的に評価される点についての議論もなされている。

ミッコラによるこちらの記事も参考になる。

ごく簡単なわたしのまとめはつぎの記事にある。

3. 身体性

Heinämaa, S. (2017). Embodiment and feminist philosophy. 180-193 

身体性(embodiment)をめぐって、現象学的アプローチを中心に紹介する。17世紀のデカルトとの書簡で交わされたエリザベトの印象的な問いを紹介しながら、現象学的な身体性の議論を紹介し、じぶんじしんの生きられた身体を道具として客体化を交えつつ、いかに用い、それによってどのようにひとびととコミュニケートしているのかが紹介される。

わたしたちは、抽象的ではなく、具体的な身体を伴って存在している。わたしたちはそれぞれの身体を介して世界とひとびとに関わる。それぞれの身体を道具としつつ、感情を表出したり、触れたりする。そして、その姿は見せたり、見られたりする。経験の構造を問う現象学において、身体は、そして、身体をもっていること、身体を介して何かをすることは重要なテーマであり続けている。明確に定義されているわけではないが、身体性(embodiment)とは、身体を介しては考えることができないことがらを考えるときに必要となる概念だろう。

現代現象学の入門については『ワードマップ 現代現象学入門』が勧められる。

現代現象学―経験から始める哲学入門 (ワードマップ)

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現象学の歴史的展開を心理学や認知心理学との関わりからコンパクトに記述した『現象学入門』には、ごく簡単にではあるが、フェミニスト現象学についての紹介もある。

現象学のブックリストは次のブックフェア いまこそ事象そのものへ! が有益だ。

4. 物質性

Colebrook, C. (2017). Materiality: Sex, Gender, and What Lies Beneath. 194-206.

唯物論(new materialism)の思想家の流れの紹介。ジュディス・バトラーとの関係を示しつつ。

思想家の流れが主で「新唯物論」が何かはこの章ではわからなかった。二分法における一方をたんに取り上げるのではなく、精神 / ものの対置を批判する、という特徴づけにおいて、それまでの唯物論的なものを説明項として重要視するアプローチとは異なる、ということはなんとなく共有できた。

5. 境界のアイデンティティ

Barvosa, E. (2017). Feminism and Borderlands Identities. 207-217.

境界線上アイデンティティborderlands identities)の議論の動機、議論のはじまり、交差するアイデンティティと形成 / 変異を紹介する。

境界線上アイデンティティ:容易には / 典型的には組み合わせられない社会的に構築されたふたつ以上のアイデンティティを含む自己のうちの多様性の配置。たとえば、Lennard Davis が語る耳の聞こえない親に育てられた耳の聞こえる子どもであるといった、複数の境界線上にあるアイデンティティ

議論のはじまりは、Chicanaの詩人、活動家、インデペンデントなフェミニスト研究者であるGloria E. Anzaldúaの研究からなり、人種、エスニシティジェンダー、ディスアビリティといったさまざまな複数のアイデンティティの境界線上で見出されるアイデンティティに焦点が当てられる。

境界線上のアイデンティティを思考する際には、アイデンティティ一般がそもそもどのような構造をして、それを使ったりしてわたしたちが何をしているのかが問われる。

6. パーソナルアイデンティティと関係的な自己たち

Brison, S. J. (2017). Personal Identity and Relational Selves. 218-230.

他者と切り離されて自律する自己という概念の男性的なバイアスを指摘しつつ、関係的な自己の概念の意義を紹介していく。

ケアの倫理、拡張された認知、トラウマによって変貌せざるを得ない自己の生きられた経験、物語的自己と社会的構築の議論を取り上げながら、他者と出来事のうちで形成される関係的な自己を描く。

関係的な自己(relational self):切り離された   

7. 精神分析と主体

Oliver, K. (2017). Psychoanalysis, Subjectivity, and Feminism. 231-240

他者に応答できる、行為者である感覚:主体性(subjectivity)の発達、抑圧、解放を説明するための重要なアプローチとしての精神分析理論を紹介する。

主体性(subjectivity)が行為し応答できる主体の感覚である一方、他方、歴史的、社会的に位置づけられた地位としての「主体のポジション(subject position)」があり、両者の緊張のうちで「主体(subject)」がダイナミックでかつ安定的な構造をもつ。

フロイトに連なる精神分析において、主体性の形成に焦点が当てられ、主体のポジションの形成が主体性に与える影響を十分扱ってこなかったために、女性の主体性の形成が抑圧され、病理化されがちな問題の説明できなさを指摘し、主体のポジションを含む社会理論と組み合わされた分析の必要性を主張する。

II. 知識、言語、科学

8. 合理性と客観性

Rooney, P. (2017). Rationality and Objectivity in Feminist Philosophy. 243-255.

合理性と客観性という知識と深く結びついた概念が暗黙のうちに、男性性、階級、人種に限定され、バイアスを加えられてきた歴史と分析の紹介。第一に、合理性と客観性が哲学と科学において男性的なものと結びつけられてきた歴史と科学におけるジェンダーバイアス、第二に、さまざまな実験によって明示化されるジェンダーバイアスと分析、さいごに、合理性と客観性はどこまで批判されうるか、それは廃棄されるべきかをめぐる議論を紹介する。

9. 信頼と証言

Grasswick, H. (2017). Trust and Testimony in Feminist Epistemology. 256-267.

フェミニスト認識論における信頼(trust)と証言(testimony)のの倫理的・社会的・制度的側面の議論。わたしたちはさまざまな証言を交換する。それぞれの社会的ポジション「誰が言ったことか」と引き合わせながら。その際、白人や男性であることが社会的により信頼性を持つとされる社会であれば、非白人であること、女性であることで、同じ証言だとしても低く見積もられてしまいうる。これらアイデンティティに関する偏見によって信頼性を低く見積もられるという「証言的不正義」をはじめとする、個人に限定されず、社会的なジェンダーエスニシティ、人種に関する不平等の構造と結びついた認識的な不正義についての議論がフェミニスト認識論の主要なトピックの一つとなっている。

10. 認知的不正義、無知、トランス経験

Fricker, M., & Jenkins, K. (2017). Epistemic Injustice, Ignorance, and Trans Experiences. 268-278.

トランスジェンダー経験を証言しようとする際に起こりうる様々な認識的不正義の議論について。証言的不正義(testimonial injustice):様々な偏見によって、特定のひとびとがその信頼性の度合いを削減される不正義、解釈的不正義(hermeneutical injustice):重要な社会的経験を理解可能なものにする試みを不成功におわらされる不正義を紹介し、認識的不正義とその対抗を紹介する。

11. 発話と消音

Maitra, I. (2017). Speech and Silencing. 279-291.
レイ・ラングトンがキャサリン・マキノンによるポルノグラフィ批判をオースティンの言語行為論から解釈するひとつのアプローチとして、提示した「消音(silencing)」の議論。消音には、発話そのもの、発話を介して引き起こす行為、発話において行われる行為;同意なく迫ってきた他者に対して「やめろ!」という発話、その発話を介して相手の行為を静止させる行為、そして、拒否という行為のそれぞれについて、それらを失敗させたり、不成立にするような状況や態度が関わる。にはポルノグラフィ論との関わりで、ポルノグラフィが女性の拒否をはじめとする言語行為を消音し、社会的不正義を可能にしているとの批判をめぐる反論と応答が紹介される。消音をはじめとして、ポルノグラフィと言語行為論的分析はかなりの蓄積があり、じぶんも追っているトピック。

12. 言語と書記

Postl, G. (2017). Language, Writing, and Gender Differences. 292-302.
言語の性差別性を指摘し、新たな言語の可能性を示唆したリュス・イリガライ、エレーヌ・シクスー、ジュリア・クリステヴァらの試みと意義とを紹介する。

13. 科学哲学

Kourany, J. A. (2017). Philosophy of Science and the Feminist Legacy. 303-313.
女性科学者の参加をはじめ、バイアスを取り除き、合理性を再検討することでこそ科学の発展が促進されうる、というアプローチを主に議論する。ウィーン学団とそのフォロワーたちは、科学的な世界把握を発展を社会改良のプログラムとともに考えていた。だが、科学哲学はディシプリンの確立とともに、政治性を薄めていく。フェミニスト科学哲学は、ある意味で、科学哲学の最初の動機の再現である。とする冒頭の説明が興味深い。

14. 生物科学

Weaver, S., & Fehr, C. (2017). Values, practices, and metaphysical assumptions in the biological sciences.
生物学における性差別的バイアスがデータ解釈のみならず研究テーマ選択や方法論、形而上学的前提に与えた影響の一般的な紹介と、特に神経科学、進化生物学を取り上げた分析。

科学における合理性や客観性の概念を直接批判するというよりも、そうした概念を批判対象と共有しつつ、性差別的バイアスがかかっているために、科学として現実の現象を救えていない、という批判を行う実践の多くの紹介。フェミニスト科学哲学には前者のようなより根本的批判のスタイルもある。

15. 社会科学

Alison Wylie 2017 Feminist Philosophy of Social Science. 328-340.

社会科学のフェミニスト哲学の方法論とスタンドポイント理論の紹介。

*1:Garry, A., Khader, S. J., & Stone, A. (Eds.). (2017). The Routledge companion to feminist philosophy.

The Routledge Companion to Feminist Philosophy (Routledge Philosophy Companions)

The Routledge Companion to Feminist Philosophy (Routledge Philosophy Companions)

  • 発売日: 2019/09/27
  • メディア: ペーパーバック
 

*2:他の哲学者の方も指摘しており、あとがきでも記されているが、書籍内に登場する質問役の学生の言葉づかいは奇妙にジェンダー的役割を強調するようであり、とくに書籍の構成上必然性があるとは思えないので、わたしは不必要だと考える。

「キャラクタの画像の何がわるいのか」と応用美学の試み

はじめに

こんにちは。神戸大学人文学研究科修士課程在籍の難波優輝です。1月25日に大妻女子大学にて開催された「描写の哲学研究会」(松永伸司さん主催)にて発表した「これは人間ではない––––キャラクタの画像の何がわるいのか」のかんたんな解説と資料の公開をします*1。加えて、じぶんが現在構想している「応用美学」のスケッチを共有します。分析美学、描写の哲学、ジェンダー表象、そして、哲学と実践に関心のある方はお読みいただければさいわいです。

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「これは人間ではない––––キャラクタの画像の何がわるいのか」

以下、資料のリンクとかんたんな解説を記載します。

資料

・スライド:

・配布まとめ資料:

引用例

難波優輝. 2020. 「これは人間ではない––––キャラクタの画像の何がわるいのか」描写の哲学研究会, 大妻女子大学.

または、難波優輝. 2020. 「これは人間ではない––––キャラクタの画像の何がわるいのか:発表スライド/まとめ」描写の哲学研究会, 大妻女子大学.

解説

本発表はわたしの修士論文+単著『ポルノグラフィの何がわるいのか––––議論のための哲学的マッピング』に収録される予定の「ポルノグラフィと画像の行為」の章の最初の構想です*2

発表説明の前に、この発表の位置づけを紹介します。

現在のわたしのおおきな問題関心は、ポルノグラフィの倫理的問題です。現在、わたしは、ポルノグラフィが倫理的に問題があるとすれば、それはどのようなものかを整理するための枠組みをつくる研究をしています。規制論や道徳的制裁の手前で、わたしたちが適切な議論を行うのに役立つような枠組みをつくることを目指しています。

その第一弾はこちらになります。

第二弾はこちらです。

このような研究の流れの中で第三弾として、「虚構的キャラクタの画像」に関する問題––––虚構的なキャラクタの画像を提示することは、現実の女性/男性についての何らかの主張や行為なのか、虚構的なキャラクタの画像提示の特有の倫理的問題とは何か––––本発表はこの問いに焦点をあてました。

本発表では、キャラクタの画像の何がわるいのか、すなわち、キャラクタの画像の何が倫理的問題となる/ならないのか、を問います。この問いはいろんな問いを含んだものなので、本発表で問われるのは、つぎのようなふたつの問いです。

虚構的なキャラクタの画像を提示する行為の倫理的問題を適切に問うために

(a)重要な要素はどれで、

(b)それらはどのように関わるか

そして、ふたつの答えが次のものです。

答え(a):(1)画像の内容の意味、(2)画像の使用の意味、(3)構成される行為、(4)提示者、(5)意図、(6)文脈、(7)ジャンル

の各要素が重要で、

答え(b):このように関わる、

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キャラクタの画像をめぐる倫理的問題に決定的な答えを与えることが目的ではなく、答えを与えるために問われるべき問いを共有する」。これが本発表の目的です。

虚構的キャラクタの倫理的問題を共有する手がかりとして『宇崎ちゃんは遊びたい!』に登場するキャラクタの画像が献血の呼びかけのための広報の一手段として用いられ、様々な議論がなされた例を、分析美学と言語哲学の議論や概念を手がかりに分析しています。

応用美学の構想

本発表で目指すこと、そして、もう少しひろく言ってわたしのしたいことは「応用美学(applied aesthetics)」と呼ぶのがふさわしいとさいきん考えています。

一方で、極端な例では純粋な理論的関心や魅力に従って研究されるような「基礎美学(foundation aesthetics)」(狭義の美的性質の存在論など)があり、他方で、極端な例では、具体的な関心や実践的要請から研究されるような応用美学があると考えています。

基礎的な研究を手がかりとしながら応用的な(言い換えれば具体的な)問題への分析を行なったり、逆に、応用的な(具体的な)問題から基礎的な研究へと問いをもたらしたりするように、基礎美学と応用美学はひと組になりわたしたちの知識を増やしたり、適切な議論の手がかりとなってくれるはずです。

わたしは、ポルノグラフィをはじめとして、虚構的なキャラクタの画像も含めた、セクシャルな、あるいはジェンダーとふかく関わる表象の倫理的問題に関心があり、研究を行なっています。その動機は、一方で、ジェンダー不平等な社会的状況をつくりだしたり、特定のジェンダーに属するひとびとへの倫理的に問題のある行為を適切に批判し、よりよい社会を目指すために哲学者/美学者として活動したいと考えているからであり、他方で、ポルノグラフィをはじめとして虚構的なキャラクタの画像を含めた、セクシャルな、あるいはジェンダーとふかく関わる表象を実際、鑑賞し、価値づけているひとりの鑑賞者として、ポルノグラフィをはじめとして虚構的なキャラクタの画像を含めた、セクシャルな、あるいはジェンダーとふかく関わる表象の制作や鑑賞の問題のある規制や検閲を避けながら、適切な改善の可能性を模索したいと考えているからでもあります。

応用美学は、(わたしの研究トピックで言えば)ポルノグラフィをはじめとする表象の倫理的問題に対する決定的な答えを与えるというより、答えを与えるために問われるべき問いを共有することをはじめ、わたしたちの実践をよりよく理解し、整理し、次の議論をよりよく行うためのインフラを整備することを目的のひとつとします。

むろん、応用美学はポルノグラフィをはじめとする表象の倫理的問題のみに関わる研究実践ではないものと考えています。たとえば、作品の存在論に関する応用美学は、ビデオゲーム作品のアーカイブとは何でありうるか(ゲームソフトだけか、その説明書などを含めるのか、さらには、ゲームプレイ動画も含めるのか、といった問い)や、カバー曲とは何か(どこまでが引用と認められうるのか)といった問いに対して、基礎美学を手がかりとしながら考察するトピックでありえます。わたしが想像していないトピックもまた数多くありうるでしょう。わたしの応用美学の試みの最初のものは、バーチャルYouTuber文化を理解するために、鑑賞者がバーチャルYouTuberをどのように鑑賞しているのかを分析するための枠組みをつくるといったものでした*3

興味深いことに、すでに法学の分野において、わたしの枠組みを用いた議論がなされており、応用美学のひとつのあり方を示唆してくれています原田伸一朗さんの2019年11月のご発表「バーチャル YouTuber の人格権および著作者人格権(情報ネットワーク法学会第19回研究大会)。

・発表原稿リンク:https://researchmap.jp/?action=cv_download_main&upload_id=291490

わたしは、こうした作業が価値のあるものだと現在信じており、こうした作業に名前をつけて、その価値をよりよく伝えたいと考え「応用美学」ということばをひろく提示していきます。この営みにどのような価値がありうるのか、どのように実践に寄与しうるのかは、わたしが主張しているだけではもちろん示されえません。実際に様々な研究者、実践者と協同しながら、社会をよりよくするために応用/哲学者/美学者として研究と活動を行なっていきます*4

難波優輝(分析美学と批評、応用美学)

*1:

*2:こちらの本をぜひ出版したいと考えており、編集者さんのお声がけをお待ちしております。ちなみに現時点での章立てと進捗状況は次のようになっています。

*3:「バーチャルユーチューバの三つの身体」記事のブラッシュアップ版については、を参照してください。また、さいきんの議論については、と、を参照していただければさいわいです。

*4:まだ十分な研究を蓄積できていませんが、応用美学の入門書を書くことも目指しています。こちらも出版社さんからのお声がけをお待ちしております。

2019年のおしごとまとめ

こんにちは。分析美学と批評の研究と実践を行なっております難波優輝です*1。2019年のおしごとを執筆したものを中心に振り返ります。おもしろそうなものがあればぜひチェックしていただければハッピーです*2

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おしゃれとペルソナの哲学

vanitas No. 006

おしゃれの美学––––パフォーマンスとスタイル

蘆田裕史・水野大二郎責任編集、ファッションの批評誌『vanitas No.006』(アダチプレス、2019年)所収。

ファッション研究の典型的な主題は、ファッションデザインナーやものとしての衣服、あるいは流行としてのファッション現象に焦点があてられますが、ファッションすること=「おしゃれすること」は哲学や美学の観点からは意外と語られていません。そこで、「おしゃれすること」をファッション研究における「装い」、アーヴィング・ゴフマンの自己呈示の概念、そして、分析美学におけるパフォーマンスとスタイルの議論から、パフォーマンスとしてのおしゃれ、自己表現としてのおしゃれを捉えるための枠組みをつくりました。おしゃれをするひと、語るひと、あるいはおしゃれを批判するひとに向けたツールキットとして、さらに、現実のおしゃれだけではなく、アバターをまとうことを考えるためのヒントとして役立てていただければうれしいです。

ヱクリヲ vol.10 特集I 一〇年代ポピュラー文化――「作者」と「キャラクター」のはざまで 特集II A24 インディペンデント映画スタジオの最先端

バーチャルYouTuberエンゲージメントの美学––––配信のシステムとデザイン

『ヱクリヲ』Vol.10、一〇年代ポピュラー文化/A24特集(ヱクリヲ、2019年)所収。

分析美学を手がかりに、バーチャルYouTuberとそれをみる鑑賞者との情動的な関わり、すなわち「エンゲージメント」のシステムとデザインを明らかにします。バーチャルYouTuberについて批評や論考を書きたいが、いったいどんな文献があるのかわからないとお悩みの方にもおすすめです。メディア論から分析美学まで、文献表も充実しております。個人的には「配信の美学」の構想に向けた第一歩として、バーチャルYouTuberにとどまらず、実況者やゲーム実況研究の土台のひとつをつくれたように思います。

バーチャルYouTuberの三つの壊れ––––設定、身体、画像

ヱクリヲweb(2019年)所収。

作家の名倉編によるグレアム・ハーマンの四方対象の枠組みを用いたバーチャルYouTuberの構造と魅力の分析、そして作曲家、批評家の灰街令の批評を手がかりに、バーチャルYouTuberの独自性に関わる「三つの壊れ」について分析しました。バーチャルYouTuberの三層理論の発展とその外部での広がりへと進もうとする論考です。バーチャルYouTuber研究と哲学研究の交差をおたのしみください。

アニメーションと音楽の美学

アニメーションの美学––––原形質性から多能性へ

『アニクリ』vol.6s(アニメクリティーク刊行会、2019年)

セルゲイ・エイゼンシュテインによって提示され、アニメーション研究者の土居伸彰によって議論された、アニメーションの特質としての「原形質性」を分析美学の道具立てから再考し「多能性」概念を提示します。原形質性を、多能性、すなわち、アニメーションにおける素材、メディウム、そして内容のレベルにおける様々な自由さとして捉え、描写の哲学における因果性、ネルソン・グッドマン的記号システム論、そしてノエル・キャロルの隠喩の概念からアニメーションならではの特徴を明らかにしています。

『人形のおどり』『惡の華』『リズと青い鳥』『この世界の片隅で』『新世紀エヴァンゲリオン』『かぐや様は告らせたい』の「チカダンス」、『ルクソーJr.』などを取り上げ、概念のインフラストラクチャづくりを目指しました。ここがアニメーションの美学研究のひとつの出発点となることを期待します。

作画崩壊の美学––––崩れとミスピクチャ/ミスの美学––––ミスワーク、作画崩壊、バグ/約束のない壊れ––––「キャラジェクト」の向こうで

『アニクリ』vol.7s(アニメクリティーク刊行会、2019年)

作画崩壊とは何か、その芸術的価値と美的価値とは何か、そして、失敗した作品がもつ美的価値とは何か、さいごに、灰街令の「キャラジェクト論」をキャラクタの存在のあり方から読み直す論考です。アニメーションに潜むもつれの謎が気になる方へ。

アニメーションにとって音/楽とは何か––––一致と残余の音響記号論

『アニクリ』vol. 3.5(アニメクリティーク刊行会、2019年)

アニメーションの音響と画像/映像の内容の響き合いを一致と残余をキーワードに分析しています。アニメーションの美学プロジェクト第2弾です。

向こうのないわたし(たち)––––大内りえ子の思索するアニメーション

短編.jp(2019年)

短編アニメーション作家大内りえ子の諸作品をキャラクタとわたしたちのあり方を思索するアニメーションと解釈し、その思考に応答する批評です。短編/アニメーションのみならず、キャラクタとペルソナの哲学に関心のある方に向けて。

ユリイカ 2019年12月号 特集=Vaporwave ―Oneohtrix Point Never、Vektroidから猫 シ Corp.、ESPRIT 空想、2814まで…WEBを回遊する音楽―

Future Funkとアニメーション––––ふたつの夢の分析

ユリイカ』特集=Vaporwave(青土社、2019年)所収。

サブジャンルFuture Funkに焦点をあて、ジャンルを分析し、古典的なVaporwaveとのちがいを論じ、作品の鑑賞経験を映像と音楽の意味の〈響き合い〉から分析します。図と怒濤の文献リストもチャームポイント。渋めな論考で気に入っています。

批評の哲学とその実践

フィルカル Vol. 4, No. 3―分析哲学と文化をつなぐ―

批評の新しい地図––––目的、理由、推論

『フィルカル』(ミュー、2019年)所収。

批評とはいったいどんな営みなのか。批評の哲学における理由と推論をめぐる議論を手がかりに、批評という多様で複雑な営みを理解し実践するための地図づくりを目指しました。批評を考える/書く/読むひとに向けて。

大絶滅恐竜タイムウォーズ (ハヤカワ文庫JA)

キャラクタの前で

草野原々『大絶滅恐竜タイムウォーズ』(早川書房、2019年)。

『最後にして最初のアイドル』(早川書房、2018年)で鮮烈なデビューを飾った若手SF作家のなかで強烈な磁場を生み出している草野原々さんの長編第一作『大進化どうぶつデスゲーム』の続刊『大絶滅恐竜タイムウォーズ』の解説です。同時に、草野さんのプロットや草稿をいっしょにお読みしてご相談を手伝う「ノベルドラマトゥルク」として制作を微力ながらお手伝いいたしました。個人的に、草野さんとの会話はたのしくて、いったいつぎの打ち合わせではどんな物語を喋ってくれるのだろう、とわくわくし続けた日々でした。

ここで、さいごまで読んでいただいた方におまけとして、採用することにはいたらなかった解説の草稿を少しお見せします。

『大絶滅恐竜タイムウォーズ』は、時間と空間を横断/切断しながら、語り手を変えながら、物語が異質なものに変わり、キャラクタが破壊されたさきを探ろうとする、物語を破壊しながら、原初の物語の力を思い出させる作品だ。
一方で、本作は物語に読者が期待するたのしみを裏切る––––キャラクタへの「感情移入」のたのしみ、キャラクタの関係性に「エモさ」を感じることに対するメタ的視点の導入、物語への「没入」の快楽を堰き止めるような、くせのあるいくつもの語り手の登場––––。
他方で、本作は、読み手が知っていたはずの、しかし、忘れかけていた「物語の根源的なよろこび」を突き詰める。物語は、まず、誰かによって語られるものなのだ。わたしたちの祖先が焚き火の周りで聞いた神話、旅情の寂寥を慰撫するように、旅籠で耳を傾けた吟遊詩人の語り、そして、親たちが語りかけるお話たち––––。そこには、語り手が紡ぎ出す独特なリズム、荒唐無稽な出来事をつなぐふしぎな理由が次々とつむがれ、説得されるたのしみがある。
このお話は、一方で、物語を破壊する。それにより、読み手に物語への反省的態度を要求する。他方で、このお話は、物語の祖先へと回帰する。それにより、語りを聞く原初的なよろこびをもたらすのだ。
本作は、これまでの草野作品の様々な要素––––メタフィクション、進化、キャラクタ、関係性、理由、心、生と死––––が流れ込み、さらにもう一段、物語の力とゆたかな物語の実験が組み込まれ、うみだされた作品だ。『大絶滅恐竜タイムウォーズ』は、原々文学の最前線だ。

おわりに

2019年は幸運にも様々な方々からお声がけいただき、文章を書く機会をいただけました。のみならず、研究者の方々、周囲の友人の力を借りながら大過なく研究活動を進めることができました。みなさまに感謝いたします。さいごになってしまいましたが、どこかでわたしの文章を読んでいただいたあなたにも、こっそりありがとうとお伝えしたいです。

みなさま、来年もどうぞよろしくお願いいたします。

よいお年を。

難波優輝(分析美学と批評)

*1:現在神戸大学人文学研究科の博士課程前期課程に所属しております。

*2:松永さんのこの記事を真似ました。宣伝はだいじ。

プロフィール

名前

ナンバユウキ

連絡先

Twitter: @deinotaton

Mail: deinotaton☆gmail.com(☆を@に変えてください)

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プロフィール

分析美学を手がかりとして、フィクション、批評、そして芸術と倫理との関係を研究しています。特に、現在は人間とキャラクタの表象についての理論の構築に関心を持っています。また、批評に美学の道具立てを応用する試みを行なっています。以下、研究関心について説明します。 

1. 芸術とは何か

卒業研究では、「芸術とは何か、そしてそれはどのようにして明らかになるのか」という題のもと、芸術の概念とそれを問う方法論について取り組みました。動機としては、芸術という概念が持つ特有の評価的な含みがどのようにして作り上げられたのかに関心があったからです。
第一に、分析美学における芸術の定義論を取り上げ、その成果から、必要十分条件の探索に加えて、第二に、芸術の概念史を追う必要を主張しました。主には、P. O. クリステラーの古典的著作「近代的な諸芸術の体系」にある、「芸術の体系すなわち、詩・絵画・彫刻・音楽・舞踊という五つの代表的な芸術形式を要素とする一つのグループが18世紀に始めて誕生した」とする主張を、それが依拠するアリストテレスプラトンの言説を精査する限りでは根拠不十分であることを先行する議論を手がかりに示し、芸術の概念史の研究の必要性を主張しました。

2. 芸術から、様々な表現へ

芸術の概念の研究を進める中で、芸術という大きなカテゴリのみならず、絵画や写真、映画や音楽といった様々な形式のそれ自体の特徴に注目する重要性を再確認し、現在では、ファッション、アイドルなどいわゆる伝統的な芸術形式とはみなされないようなポピュラー文化の分析を進めています。
とはいえ、わたしは根っからのアイドルファンでもおしゃれ好きでもありません。しかしだからこそ、こうしたポピュラー文化に興味を持っています。
なぜなら、わたしたちが幼い頃から影響を受けてきた/受け続けているのは、こうしたポピュラー文化における表現であり、ゆえにこそ、生活に織り込まれたポピュラーなものの分析と批判からわたしたちの感性の日常的なあり方が(そしてその倫理的問題が)明らかにされると考えているためです。そこで、特に、わたしたちの身近に存在し、それに深く関わっている表現形式、すなわち、「人間の表象が鑑賞される文化」について取り組んできました。

3. パーソン、ペルソナ、キャラク

具体的には、アイドルやキャラクタをはじめとする人間のあるいは擬人的な表象が鑑賞される文化実践に関心を持ち、これまで、2017年末からネット文化に浸透しはじめたバーチャルYouTuberという、アイドル、YouTuber、そしてキャラクタ文化が重なり合った特徴的な文化について、メディア論、美学、スター研究を手がかりに、パーソン、ペルソナ、そしてフィクショナルキャラクタの三層からなる文化形式についての理論を構築しつつ研究してきました(難波 2018a; ナンバ 2018b)。今後、その美的特徴を明示化しつつ、倫理的問題との関係からも研究を続けていきます。

4. 美学の実践としての批評

こうした理論構築の作業と並行して、分析美学や芸術学において提示された道具立てを批評に応用することを試みています。たとえば、虚構的ポルノグラフィと窃視の倫理性に関する議論を用いた映像批評(難波 2018b)や芸術のカテゴリを用いての(ナンバ 2018a)あるいは、映画の哲学や人形美学の議論を援用した作品批評(ナンバ 2018c)を行っています。
理論と概念は自律的に構築されうるわけではなく、実践や実際の表現を記述、理解するためにあり、逆に、実践と記述は、理論と概念とによって部分的にせよ形作られうると考え、美学研究とその実践としての批評の往復をひとりの実践者として試みています。

研究キーワード
  • 美学、分析美学、芸術の哲学、音楽哲学、批評、フィクション、ポルノグラフィ、パーソン、ペルソナ、キャラク
研究分野
  • 芸術学 / 美学・芸術諸学 / 
書籍など出版物
ユリイカ 2018年7月号 特集=バーチャルYouTuber

ユリイカ 2018年7月号 特集=バーチャルYouTuber

 

ユリイカ』2018年7月号(担当:分担執筆、範囲:バーチャルYouTuberの三つの身体––––パーソン、ペルソナ、キャラクタ)

論文

難波優輝. 2018a.「バーチャルYouTuberの三つの身体––––パーソン、ペルソナ、キャラクタ」『ユリイカ』50 (9) 特集バーチャルYouTuber, 青土社, 117-125. [依頼あり]
難波優輝. 2018b. 「鳩羽つぐとまなざし––––虚構的対象を窃視する快楽と倫理」『硝煙画報』第一号, 81-87. [依頼あり]

個人ブログ記事

ナンバユウキ. 2018a. 「鳩羽つぐの不明なカテゴリ––––不明性の生成と系譜」Lichtung Criticismhttp://lichtung.hateblo.jp/entry/2018/03/25/044503
ナンバユウキ. 2018b. 「バーチャルユーチューバの三つの身体––––パーソン・ペルソナ・キャラクタ」Lichtung Criticism, http://lichtung.hateblo.jp/entry/2018/05/19/バーチャルユーチューバの三つの身体:パーソン

ナンバユウキ. 2018c. 「高い城のアムフォの虚構のリアリズム––––虚実皮膜のオントロジィ」Lichtung Criticism, http://lichtung.hateblo.jp/entry/2018/08/10/『高い城のアムフォ』の虚構のリアリズム:虚実

ナンバユウキ. 2019.「『ガールズ ラジオ デイズ』––––周波数を合わせて」Lichtung Criticism, http://lichtung.hateblo.jp/entry/2019/01/16/『ガールズ_ラジオ_デイズ』––––周波数を合わ

電子発行物

ナンバユウキ. 2018a. 『音楽哲学入門読書ノート』Lichtung Mallhttps://lichtung.booth.pm/items/963883
ナンバユウキ. 2018b. 『高い城のアムフォの虚構のリアリズム––––虚実皮膜のオントロジィ』LIchtung Mallhttps://lichtung.booth.pm/items/960935

関連サイト

研究ブログ:Lichtung http://lichtung.hatenablog.com

批評:Lichtung Criticism http://lichtung.hateblo.jp

電子発行物:Lichtung Mall https://lichtung.booth.pm

美学相談〈ソフィスト〉はじめました

はじめに

こんにちは。神戸大学大学院人文学研究科博士課程前期課程所属、難波優輝です。このたび、感性と表現に関する哲学的問いの調査・解決・教育サービス〈ソフィスト〉を本格的に開始します。本記事はそのサービスの紹介、名前の由来、そして、サービスをはじめた理由と展望をご説明いたします。

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ソフィスト〉とはどんなサービスか?

・〈ソフィスト〉とは、「感性と表現に関する哲学的問いの調査・解決・教育サービス」です。主に分析美学を専門とする難波が、クライアントさまのご提案に応じて、感性と表現に関する哲学的問いにまつわる疑問を解決するためのお手伝いをしたり、学習や研究の参考になるような文献をいっしょにお探ししたり、また、原稿などについて添削やアドバイスを行うサービスです。

・たとえば、次のようなサービスが候補にあります。

  • 哲学の文献の読み方をお教えする。
  • テーマの探し方や文献の探し方をお教えする。
  • 文章の制作の仕方を構想からお教えする。
  • わたしが専門として取り組んでいるバーチャルYouTuber、アニメーション、美的なものと倫理的なものの関係、おしゃれ、音楽の哲学などのトピックをお話しする。
  • わたしに美学よもやま相談をしていただきどんな研究があるかをご紹介する。
  • 独学の方法をお教えする。
  • 大学院選びのお手伝いや研究へのご質問にお答えする。
  • 作品制作の際に参考となる美学の議論や概念、枠組みをご紹介する。

なぜ〈ソフィスト〉なのか?

ギリシアにおいて弁論の技術を対価を伴って教えていたというソフィストたちに習って、「美学教育と相談を価値に変える」という文化を作り出そうという野心のもとはじめました。

・昨今、人文系の大学院に所属する、あるいは人文系の大学院を卒業したひとびとには、そのスキルに合致する職業がじゅうぶんにあるとは言えません。そこで、ないならつくってしまおうと思い立ちました。

・研究のスキルを価値に変える、というスタイルは伝統的なイメージの中の、「学究に邁進し、暮らし向きに無頓着な哲学者」というスタイルとは、対立するわけではないものの、すんなりとは馴染まないでしょう。ここで哲学者には避けられてきた「ソフィスト」ということばを自称とするのは、アカデミックな世界での生活の困難な時代がはっきりと姿を現しつつある現時点で、研究に専念し、アカデミックな所属によって生活をつなぐのみの哲学者のモデルから新しい哲学者の生き方のモデルを探そうとする試みのモチーフとして、この言葉がふさわしいと考えるからです。「学究に邁進しつつ、そのスキルをひとびとに提供して生きていく哲学者」という生き方をソフィスト的生き方とだぶらせ、その実現を試みます。

ソフィスト〉とは誰か?

・現在、〈ソフィスト〉のメンバーはわたし難波優輝ひとりです。わたしは、分析美学を手がかりに、ポピュラーカルチャーの分析を行っています。フットワークの軽さや異なる文化に属するひととのコミュニケーションに臆さないことがわたしの武器です。研究者としては駆け出しですが、何にでも興味を持つ能力に関しては誰にも負けないし、誰も足を踏み入れていない地点に飛び込む勇気にかけては、知り合いの研究者の中でも指折りだと自負しています。

・〈ソフィスト〉のサービスにおいて、クライアントの知識は話しながら確認していき、いっさい前提しません。哲学の名を冠している限りは、知らないことを知れることが、そして、知らないことを知らせることができることが価値あることだと思える空間をつくりたいと考えています。ですのでクライアントの方には、安心して「いったい何を言っているの?」「もっと教えて!」と質問していただければさいわいです。

・難波の素性や業績はつぎのresearchmapという研究者用サイトをご覧ください。

・まだ遠い先の話ですが、難波の実践がうまくいけば、継続するなかで、ソフィストのメンバーも増やしていければと考えています。

なぜ〈ソフィスト〉をはじめるのか?

・音楽家にとって演奏会がその活躍の主たる場であるように、論文と発表が学者の舞台です。ですが、それで生きていくのにじゅうぶんなお金は発生しません。

・もちろん、寄稿する雑誌の運営の方は原稿料をくださいます。しかし、生活するためには、論文執筆では十分ではない。なので、論文書きは発表会、演奏会と考えて、それ以外の教育や調査で稼ぐという、演奏家音楽教室スタイルが哲学者の取りうる有力な道のひとつだとわたしは考えています。その音楽教室が過去はアカデミックな就職口、大学の教授、講師でした。ですが、この国の現状をみていると、特に人文系の就職状況に関しては、かなり厳しいものがあります。

・公の野望は、哲学者の個人教室の流行です。哲学者が論文を舞台としつつも、哲学の教室や個人教授で暮らしていけるロールモデルを模索し、わたし自身が実践していきます。

時間と体系

・時間:基本は90分、Skypeやhangoutなどを介して、一対一を基本としています。ご要望により、30分、60分のサービスも可能です。その場合、90分を基準に割って計算いたします。

・90分(30分、60分)のレクチャを一回として、気になったことだけについて一回きりでもまったく構いませんし、継続してご依頼頂くこともできます(とてもありがたいです)。

・おおきくみっつのサービスと対応して違いがあります。2020年2月17日時点でつぎのようになっています。以下は税別です。

  1. 美学や研究全般についての相談(大学院選び、美学よもやま話)、分析美学概論→90分、9000〜
  2. 添削指導や研究、勉強方法の指導→90分、12000〜
  3. 個別のトピックに関するレクチャ→90分、15000〜

・クライアントさまのご要望をわたしが理解したものをご提示し、「こちらの内容ですと、2.になります。そして、60分とのことで、こちらの数字になります」など、先に計算を確認した後にはじめてレクチャの開始となりますのでご安心ください。

・基本的にはレクチャの後に指定の振り込み先をお伝えいたします。

・個別のトピックに関するレクチャやサーベイなど、準備に時間や調査、資料収集が必要な場合は見積もりの額を先にいただきます。

・複数人や長いスパンでのレクチャや指導(原稿執筆の継続的な添削や勉強の長期にわたるアドバイス)などもご相談くださいませ。グループですと割引きもあります。

・現在のところはskype講座外での継続的なサービス(メールでの相談サービス、個別の論文添削サービスなど)は行なっていません。ですがご依頼があれば個別に対応いたします。

申し込みフォーム

Twitterでも受け付けています。

おわりに

・〈ソフィスト〉のような試みは、同時代に行なっているかたを見つけることはできず、完全に手探りの状態です。哲学・美学は決して不必要でも役に立たない学問でもなく、わたしたちがよりよく、よりたのしく生きるにあたって役に立つ学問だと信じています。それゆえ、よりよく、よりたのしく生きることを望むかたがおられる限りは、哲学・美学を必要とするかたがいらっしゃると考え、これから〈ソフィスト〉を運営、発展させてくことはできると考えています。

・より実際的な話として、研究者が生き延びる方法の多様化を目指し、研究者が、アカデミックなポスト以外で、しかし、そのスキルを活かし、研究を続けながらどのように生き延び得るかを、試行錯誤のなかで考えていきます。応援どうぞよろしくお願いいたします*1

難波優輝/ナンバユウキ(分析美学と批評)Twitter: @deinotaton

*1:ちなみに、〈ソフィスト〉のロゴは、ふたりの人間が向かい合うさま、そして、sophistのふたつのsのギリシア文字の大文字のΣをフューチャーしています。

おしごとさがし

はじめに

こんにちは。神戸大学大学院人文学研究科博士課程前期課程所属、分析美学の研究と批評を行なっている難波優輝です。これまでに『ユリイカ』『ヱクリヲ』『vanitas』などに論考を寄稿してきました。

現在は、修士論文に向けて、「ポルノグラフィと社会的公正」をテーマに、ポルノグラフィを例として、表象やフィクションが現実に与える影響とその倫理的問題を研究しています。

また、昨年から、アイドル、バーチャル/YouTuberに代表される、メディアを介した人間の現れを「メディアペルソナ」として概念化し、こうしたペルソナと鑑賞者との関係や鑑賞実践を「層状の文化」と呼び、幅広く研究を行なっています。

本稿では、準備中のテーマをリストアップしています。お仕事のご依頼の参考にして頂ければ幸いです。

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プロフィール

連絡先:Twitter: @deinotaton

Mail: deinotaton☆gmail.com(☆を@に変えてください)

分析美学を手がかりとして、フィクション、批評、そして芸術と倫理との関係を研究しています。特に、現在は人間とキャラクタの表象についての理論の構築に関心を持っています。また、批評に美学の道具立てを応用する試みを行なっています。

(a)準備中のテーマ

以下、準備中のテーマを提示しています。これらは文献を集めたばかりであるか、他の執筆と同時に調査しているものです。

じぶんのペルソナ研究プロジェクトには直接関与しないため、原稿の依頼がない限り、優先順位は低いです。ぜひご依頼をお待ちしております。

(1)食の美学

・「おいしい」とはどういう経験か/理想的な鑑賞者の条件とは何か/倫理的にわるい食事とそのおいしさとはどう関係するのか/食事は美的経験か。

「おいしさの構造」

「おいしい」にはいろんな経験がある。辛くておいしい、苦くておいしい、甘くておいしい。あるいは、さくさくしておいしい、なめらかな舌触りがおいしい、さらには、後味がおいしい、鼻に抜ける香りがおいしい。単に舌の味覚器官に与えられた情報のみならず、香りや触覚もそれおいしさの経験を形作るものだ。このように「おいしい」には多様な経験が伴うが、いったい「おいしい」という経験とはどのような経験なのだろうか。それは「湯船につかってあたたかくて気持ちいい」や「音楽を聴いて心地よい」とは違った経験であり、甘さや苦さには尽くされない経験である(甘いだけでおいしくない。苦いだけでおいしくないという経験はふつうにある)。すなわち、おいしいという経験は、少なくとも、(1)快と結びついているが、それに尽くされず、(2)特定の味に尽くされない。おいしいという経験を美的経験の側面から分析してみよう……

(2)感傷とノスタルジアの美学

・感傷とは何か/セカイ系やノスタルジックな恋愛シミュレーションにおけるノスタルジアはなぜ心地よいのか/感傷には心の痛みや喪失感を伴うのに、なぜ心地よいのか/感傷やノスタルジアは非難されるべきなのか。

「存在しない思い出に向かって」

夏の日、親戚の家の縁側、どこまでも続く向日葵畑、風に吹き上げられて飛んでいく白い帽子の影……わたしたちは、なぜ、経験したこともない思い出を思い出し、感傷に浸ることができるのだろうか。本稿では、分析美学における感傷に関する議論を手がかりに、わたしたちに挿入される存在しない思い出を分析し、その分類と、独特の美的経験の諸相を明らかにしたい。それは、存在しないはずの記憶を共有することでひとびとを動員するノスタルジアの危険と美学とを再考する手がかりとなるだろう……

(3)怪異譚と怪物の美学

・ネットロアやフォークロア特有の美的経験とは何か/ホラー映画と異なる怪異譚の特徴とは何か/SCPなどの特定の怪異譚の美的価値について/怪異譚は世界についてのなんらかの真なる命題をもたらすか。

「怪異譚と真理」

怪異譚はなぜこわいのだろうか。ネットロアを読む恐怖は、よくできたホラー作品を読む恐怖とは、どこか異なっているように思える。それは、フィクションをフィクション然として読む経験ではなく、いつのまにか現実から現実でない世界の法則へと足を踏み入れてしまった恐怖ではないか。だとすれば、それは、フィクション論における語りの真理のあり方と、その受容の分析の道具立てを用いてよく分析できるはずだ。本稿では、分析美学の視点から、怪異譚がほかのホラージャンルとどのように異なるのかを明らかにしたい。そうすることで、わたしたちは、怪異譚と伝聞、そしてフェイクニュースとの間の思わぬ連関を見出すことになるだろう……

(4)ショッピングモールの美学

ヴィレッジヴァンガードニトリ無印良品、フードコート、GU、スタジオアリス好日山荘といった店舗とひとびとのライフスタイルの交錯を描く。

(b)骨格ができたテーマ

以下は、すでにブログ記事を執筆しており、また、ある程度読むべき文献が定まっているテーマです。

(1)詩の哲学/入門

(2)聖地巡礼の美学

その他のご依頼について

以上のテーマにとどまらず、様々なテーマやトピックに関するご依頼をお待ちしています。特に、詩、音楽(特にポップス)、サブカルチャー作品に関する考察が得意です。

おわりに

わたしは、現在、サブカルチャー文化の解説にとどまらず、その現象を経験しているひとはどのような経験をしているのか、それを整理し、その文化を経験していないひとへと開いていくような文章を執筆しています。それはたんに文化や作品の紹介ではなく、それに対する批判や反応も含めて、文化の発展に寄与するはずです。

また、ポピュラーな対象にアカデミックな意匠を施して、「芸術的価値」のお墨付きを与えるのではなく、ポピュラー対象がそれ自体で考察に値する価値や問い、さらには倫理的問題を投げかけていることをあらためて提示することで、その意義と問題と開いてゆくことを目指しています。

こうした立場は特定のものであり、わたしの個人的なものですが、制作者ではないわたしがわたしとして、文化に対してもたらすことのできる貢献だと考えています。

文化の解説のみならず、その価値を見出し、あるいはその問題に光をあてようとするとき、哲学的なアプローチはそのお力になれるはずです。ぜひ、分析美学の視点から文化の研究と分析のお手伝いさせてください。

難波優輝(美学)Twitter: @deinotaton

いくつもの身体のあいだで––––バーチャルYouTuber、おしゃれ、ペルソナ(海賊版)

はじめに

こんにちは。神戸大学大学院人文学研究科博士課程前期課程所属のナンバユウキです。分析美学とポピュラーカルチャーを研究しています。

先日、2019年7月27日にYouTube上で行った「361°アートワークス配信「バーチャル美少女学のための10のガイドトーク 1時限目」」にて、「いくつもの身体のあいだで–––バーチャルYouTuber、おしゃれ、ペルソナ」と題しまして、バーチャルYouTuber、おしゃれ、そしてペルソナ論を横断しながら、バーチャルな身体とリアルな身体との関わりを議論しました。

本記事では、その資料、さらに未公開資料を共有するとともに、ネタ元の論文のリンクを挙げます。

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資料

・発表のアーカイブはこちらです。

「361°アートワークス配信「バーチャル美少女学のための10のガイドトーク 1時限目」」

・2019年7月27日にYouTube上で行った「361°アートワークス配信「バーチャル美少女学のための10のガイドトーク 1時限目」」での発表スライドです。researchmapのアップロードデータの制限のため、写真のいくつかは記載していません。

・実は行き違いで最新版が反映されていませんでした。確認はだいじですね。気をつけます。せっかくつくったので、最新版の、しかも読み上げのガイド原稿も付加したバージョンも共有します。区別がややこしいので、こちらの最新-原稿付加版は「海賊版」と呼ぶことにします。

・難波優輝. 2019. 「いくつもの身体のあいだで–––バーチャルYouTuber、おしゃれ、ペルソナ(海賊版)」、1-52. <https://drive.google.com/file/d/1HI0XDFzzvT3WApGhEaq62tfEccfZMSV9/view?usp=drivesdk>.

・こちらの発表原稿を再編して論考として発表したい気持ちもあります。ぜひお声がけくださいませ。

内容

1. バーチャルYouTuber

バーチャルYouTuberの三層理論、ふたつのペルソナとしての鑑賞のくべつ、そして、ペルソナとペルソナイメージの違いについてお話ししました。

・ネタ論文はこちら

難波優輝. 2018.「バーチャルYouTuberの三つの身体:パーソン、ペルソナ、キャラクタ」『ユリイカ』50 (9) 特集バーチャルYouTuber、117-125頁、青土社.

難波優輝. 2019. 「バーチャルYouTuberエンゲージメントの美学––––配信のシステムとデザイン」『ヱクリヲ vo. 10』、44-64頁、ヱクリヲ編集部. 

ユリイカ 2018年7月号 特集=バーチャルYouTuber

ユリイカ 2018年7月号 特集=バーチャルYouTuber

 
ヱクリヲ vol.10 特集I 一〇年代ポピュラー文化――「作者」と「キャラクター」のはざまで 特集II A24 インディペンデント映画スタジオの最先端

ヱクリヲ vol.10 特集I 一〇年代ポピュラー文化――「作者」と「キャラクター」のはざまで 特集II A24 インディペンデント映画スタジオの最先端

  • 作者: 高井くらら,横山タスク,伊藤元晴,山下研,さやわか,西兼志,得地弘基,難波優輝,楊駿驍,横山宏介,堀潤之,小川和キ,伊藤弘了,佐久間義貴,村井厚友,福田正知
  • 出版社/メーカー: ヱクリヲ編集部
  • 発売日: 2019/05/10
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る
 

・ネタ元のブログはこちら

ナンバユウキ. 2018.「バーチャルユーチューバの三つの身体––––パーソン・ペルソナ・キャラクタ」Lichtung Criticism, <http://lichtung.hateblo.jp/entry/2018/05/19/バーチャルユーチューバの三つの身体:パーソン>. (2019年7月27日最終アクセス)
ナンバユウキ. 2018. 「バーチャルYouTuberスタディーズ入門」Lichtung Criticism, <http://lichtung.hateblo.jp/entry/2018/06/27/バーチャルYouTuberスタディーズ入門:コミュニケーシ>. (2019年7月27日最終アクセス)

2. おしゃれ

・おしゃれの定義、装い、ペルソナ、イデアルなどの概念を紹介しました。

・ネタ本はこちら

難波優輝. 2019. 「おしゃれの美学––––パフォーマンスとスタイル」『vanitas 006』、138-156頁、アダチプレス.

vanitas No. 006

vanitas No. 006

 

3. いくつもの身体

・デジタルな装い、装いの倫理の問題について語りました。

・主たるネタ元はなく、これから書きたい論文の予告編です。

参考文献

Etengoff, C. 2012. “Fashioning Identities in Virtual Environments.” Fashions: Exploring fashion through culture. Probing the Boundaries at the Interface Series, ed. J.L. Foltyn, 135-150. The Inter-Disciplinary Press.
Goffman, E. 1956. The presentation of self in everyday life. University of Edinburgh.(『行為と演技——日常生活における自己呈示』石黒毅訳. 1974. 誠信書房.)
Jenkins, K. 2017. “What women are for: Pornography and social ontology.” In Beyond speech: Pornography and analytic feminist philosophy,  ed. M. Mikkola, 91–112. Oxford University Press.
Horton, D., & Richard Wohl, R., 1956. “Mass communication and para-social interaction: Observations on intimacy at a distance.” Psychiatry, 19 (3), 215-229.
松永伸司. 2018. 「俳優、着ぐるみ、VTuber」、9BIT: GAME STUDIES & AESTHETICS, <http://9bit.99ing.net/Entry/87/>.(2019年7月27日最終アクセス)
ナンバユウキ. 2018a.「バーチャルユーチューバの三つの身体––––パーソン・ペルソナ・キャラクタ」Lichtung Criticism, <http://lichtung.hateblo.jp/entry/2018/05/19/バーチャルユーチューバの三つの身体:パーソン>. (2019年7月27日最終アクセス)
––––. 2018b. 「バーチャルYouTuberスタディーズ入門」Lichtung Criticism, <http://lichtung.hateblo.jp/entry/2018/06/27/バーチャルYouTuberスタディーズ入門:コミュニケーシ>. (2019年7月27日最終アクセス)
難波優輝. 2018.「バーチャルYouTuberの三つの身体:パーソン、ペルソナ、キャラクタ」『ユリイカ』50 (9) 特集バーチャルYouTuber、117-125頁、青土社.
––––. 2019a. 「バーチャルYouTuberエンゲージメントの美学––––配信のシステムとデザイン」『ヱクリヲ vo. 10』、44-64頁、ヱクリヲ編集部. 
––––. 2019b. 「おしゃれの美学––––パフォーマンスとスタイル」『vanitas 006』、138-156頁、アダチプレス.
––––. manuscript. 「ポルノグラフィをただしくわるいと言うためには何を明らかにすべきか」< https://researchmap.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=multidatabase_view_main_detail&content_id=25217&multidatabase_id=68853&block_id=2580832#_2580832 >. (2019年7月27日最終アクセス)
Riggle, N. 2015. “Personal style and artistic style.” The Philosophical Quarterly, 65 (261), 711-731. 
Roach-Higgins,E. M. & Eicher, J. B. 1992. “Dress and identity.” Clothing and textiles research journal 10 (4), 1-8.

参照サイト、参照動画

FAVRIC. 2019. <https://twitter.com/favric_live?s=17>.
アイコン動画館. 2019. 「【合計1000人】2018年バーチャルYouTuberたちのチャンネル登録者数をアイコンで表現する動画」アイコン動画館_IconVideos、< https://youtu.be/1QjEc4MfJDE >. (2019年7月27日最終アクセス)
ねこます. 2018. 「それはとっても世知辛いなって【002】」バーチャル番組チャンネル、< https://youtu.be/DoVh4Fc43Bo >. (2019年7月27日最終アクセス)
「VRoid Studio」、< https://vroid.com/studio/ >. (2019年7月27日最終アクセス)
「[ VRoid WEAR × chloma ] Y2K Anorak for VRoid コンプリートセット」< https://vroid.booth.pm/items/1330521 >. (2019年7月27日最終アクセス)
ZOZO FashionTechNews. 2019. 「フォロワー160万も、人間を超えつつあるバーチャルインフルエンサー。今注目の12人」ZOZO FashionTchNews、< https://ftn.zozo.com/n/ncc6095dabeb8 >. (2019年7月27日最終アクセス)

おわりに

はじめてのYouTube上での発表だったので、ラグの確認など問題がありました。ですが、家から研究発表できるのはすごくおもしろくて不思議な体験でした。これからも引き続き研究を進めるとともに、発表の機会もいただければ積極的に参加したい、と思いました。なので、ご興味のある方、企業さんはぜひお声がけください。バーチャルYouTuberの基礎を考えるためのお話を、今回できなかった点も含めて、ぜひお話ししたいです。ちなみに、

です。よろしくお願いいたします。

ナンバユウキ(美学と批評)Twitter: @deinotaton