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ノエル・キャロル『批評について』

『批評について』について

アメリカはニューヨーク市立大学に勤めている著名な美学者ノエル・キャロルの著作『批評について』(邦訳:2017年 原著:2009年)は次のひとつの問いを問うています:「批評とは何か、そしてそれはどのようなものであるべきか」。

批評とは何かを問う彼の意図は、同時代の批評家が作品への価値づけから撤退していることに異を唱え、価値づけに関わっていく批評の、そして批評家のありうべきあり方を説得的に示すことにあります。過剰なレトリックに頼ることなく、印象批判に陥らないよう注意しながら、前提にもとづいて主張し、予想される反論に対して応答し、さらに再反論とぶつかり合うことによって議論が進められ「批評とは、理由にもとづいた価値づけである」との主張が展開されます*1

四つの主張

キャロルは、批評について、四章にわたって、おおきく四つの主張を行なっています。

一つ目は、批評とは理由にもとづいた価値づけであるという主張。批評とは、たんなる主観的な好き嫌いの表明ではなく、記述、分類、文脈づけ、解明、解釈、分析といった根拠を用いたある種の論証であり、その当否が議論できるような活動なのだということが主張されます。

二つ目は、批評の対象は、芸術家の行為であるという主張。作者の意図に関係なく、作品が鑑賞者に与えた価値、すなわち「受容価値」ではなく、作者が意図をその作品やパフォーマンスにおいてどのように達成しているか、すなわち「成功価値」が批評において取り扱われるものであるとされます。

三つ目に、価値づけのための理由を構築する記述、分類、文脈づけ、解明、解釈、分析という六つの批評の要素があるとする主張。

最後に、批評とは、客観性を伴った活動でありうるという主張。「蓼食う虫も好き好き」といった諺のように批評の原則は存在しないとする前提に挑戦し、絵画や映画といった芸術のカテゴリー、あるいはミステリやスラップスティック・コメディといったジャンルに基づいた客観的な批評がありうると主張します。また、芸術のカテゴリー間の比較………たとえばスラップスティック・コメディとクラシック音楽、システィナ礼拝堂と天才執事ジーヴス……の可能性を文化批評とも絡めながら議論しています。

コメント

批評家、アーティスト、理論研究、どんな立場から読んでも、各々の活動につながりうる有益なヒントと、じぶんが取り組むべき問題を引き出すことができるでしょう。また、本書で行われる議論のスタイル……主張を提示し、反論にカウンターを行い、相手の急所を突くなかで協同的に議論を洗練させてゆく……といった攻防はなかなかに魅せます。美や芸術といった、感性がものをいうと言われる世界に言葉と論証で切り込んでいく姿は頼もしく、その技を盗みたくなります*2。また、キャロルのあげる作品は多岐にわたり、さらに具体例も豊富で、彼の興味は作品から遊離した空理空論を組み立てることではなく、実践の捉え直しと整理整頓にあることが見てとられます。付言しておけば、本書では冒頭でかるく言及されるにとどまっているものの、美学や芸術の哲学においては、芸術の定義*3、それから芸術という概念の歴史*4について魅力的な論争が見られます。

On Criticism (Thinking in Action)

On Criticism (Thinking in Action)

 
批評について: 芸術批評の哲学

批評について: 芸術批評の哲学

 

*1:原著で読みました。邦訳は訳注も充実しています(ちゃんと読みます)。

*2:あと、相手をむやみに煽ることのない、落ち着いた言葉遣いも真似してみたいと思わされました。キャロルといい音楽哲学で著名なキヴィといい、この世代の方の英語はお洒落で好きですね。

*3:http://lichtung.hatenablog.com/entry/2017/09/30/170505

*4:http://lichtung.hatenablog.com/entry/2017/08/16/215904