Lichtung

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フェミニスト哲学についての小さなメモ帳

はじめに

ラウトリッジコンパニオンの『フェミニスト哲学』*1の第二部と第三部の各章と関連する事項についてのメモを記載している。

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I. 身体、精神、世界

1. セックスとジェンダーの社会的構築

Haslanger, S. (2017). The sex/gender distinction and the social construction of reality. 157-167.

ハスランガーによる、ジェンダーとセックスの社会的構成の複数の意味の整理。「社会-歴史的プロセスの産物」という意味での「普通の意味での社会的構成」からはじまり、概念の変遷を追う系譜学から、概念の当たり前さは歴史的であり、概念は制度・ものによって現実化されていること、そして、概念は選択可能であり、批判可能であることを述べる。

次に、概念がつくりものだとしても、それは実際的な効果を持つことを指摘し、社会的に構成されるのは、概念のみならず、特定の一連の実践であることを指摘する。さいごに、概念ではなく、社会種が因果的 / 構成的に構成されるしかたについての議論を紹介する。

まとめれば、ジェンダーとセックスの社会的構成を語るとき、二つの概念とうまく付き合う必要がある。一方でジェンダーとセックスを概念や理念として考えるのか、実践と結びついた対象として考えるのか、社会種として考えるのか、人工物ではあるが、しかし、どのような実際的な効力をもつとみなすのか。

ジェンダーやセックスが社会的につくられている、と言われるとき、それはいったい何を言い表しているのだろうか。概念の構成を単なる社会-歴史的プロセスと考えるのか、より人為的な選択のプロセスとみなすのか、対象の構成を理念と実践の相互作用の中で考えるのか、種の構成を因果的 / 構成的な構成として考えるのか。つまり、X is constructed by Y のXとYの項と constructed の意味が問われる。

一方で、つくられるところのジェンダーやセックスとは、概念や理念なのか、それとも、ひとびとの具体的なそのつどのふるまい方なのか、それとも、「女性」や「男性」という種なのか。他方で、社会的につくられる、とはいったいどのような働きなのだろうか。それは、ひとびとの関わりのなかで、歴史的な時間のなかでつくられる、というふつうの意味なのか、それとも、社会的につくられるとは、特別なプロセスやメカニズムによってなのだろうか。「社会構築主義(social constructionism)」において、あるXがYによって社会的に構築される、の意味とメカニズムについてはさまざまな議論が行われている。

日本語文献では、哲学者倉田剛による『日常世界を哲学する』が社会存在論の視座から、社会的構築についての入門を提供している。

英米圏における存在論の教科書としては、同じく倉田によるつぎの二冊の『現代存在論講義』を勧める*2

現代存在論講義I—ファンダメンタルズ

現代存在論講義I—ファンダメンタルズ

  • 作者:倉田剛
  • 発売日: 2017/04/07
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
現代存在論講義II 物質的対象・種・虚構

現代存在論講義II 物質的対象・種・虚構

  • 作者:倉田 剛
  • 発売日: 2017/10/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

フェミニスト哲学においては、サリー・ハスランガーが社会的構築の議論を数多く行っており、ハスランガーの論文集『現実に抵抗する』には、いくつかの重要な論考が納められている。

Resisting Reality: Social Construction And Social Critique

Resisting Reality: Social Construction And Social Critique

  • 作者:Haslanger, Sally
  • 発売日: 2012/10/11
  • メディア: ペーパーバック
 

だが、ハスランガーの議論にいきなり参加するのはわたしには難しかった。個人的には、つぎのスタンフォード哲学大百科事典の記事が参考になった。

Mallon, Ron, "Naturalistic Approaches to Social Construction", The Stanford Encyclopedia of Philosophy (Winter 2014 Edition), Edward N. Zalta (ed.)

訂正すべき点が多いがまとめ記事も参照のこと。

ジェンダーセクシャリティ・人種の哲学は、分析系哲学においては「社会存在論(social ontology)」の視座からも活発に議論されている。存在論という一見すると抽象的でわたしたちの実践には関わりのないようにみえる議論が、わたしたちのあり方そのもののありようを分析するための道具へと役立てられている。その方法論も含め批判も現れており、発展的な分野である。

2. ジェンダー反 / 本質主義

Mikkola, M. (2017). Gender essentialism and anti-essentialism. 168-179.
複数のジェンダー反 / 本質主義フェミニズム理論における五つの本質主義レパートリと本質主義をめぐる議論の意義と課題について。

フェミニスト理論家は集団としての「女性」の名のもとに話し、政治的要請を行う。だが、さまざまな時代と環境において一貫した「女性」集団が存在しうるのか。一方で「女性」という何らかのまとまりはフェミニズムの議論の前提をなすようにみえ、他方で統一的な「女性」の存在には疑問が付されている。

(1)生物学的本質主義:生物学的特徴、(2)分類的ジェンダー本質主義:社会的特徴、(3)分割可能-アイデンティティ本質主義:独立に定義可能なアイデンティティ、(4)規範的本質主義:女性の利害を代表するフェミニストの生産物、(5)個体本質主義ジェンダーはひとが個体としての存在に必要。

反 / 本質主義形而上学的議論の評価については、真偽の記述的なレベルとは関係しつつ、別の問題として、政治的目的に寄与するかどうかからも実践的に評価される点についての議論もなされている。

ミッコラによるこちらの記事も参考になる。

ごく簡単なわたしのまとめはつぎの記事にある。

3. 身体性

Heinämaa, S. (2017). Embodiment and feminist philosophy. 180-193 

身体性(embodiment)をめぐって、現象学的アプローチを中心に紹介する。17世紀のデカルトとの書簡で交わされたエリザベトの印象的な問いを紹介しながら、現象学的な身体性の議論を紹介し、じぶんじしんの生きられた身体を道具として客体化を交えつつ、いかに用い、それによってどのようにひとびととコミュニケートしているのかが紹介される。

わたしたちは、抽象的ではなく、具体的な身体を伴って存在している。わたしたちはそれぞれの身体を介して世界とひとびとに関わる。それぞれの身体を道具としつつ、感情を表出したり、触れたりする。そして、その姿は見せたり、見られたりする。経験の構造を問う現象学において、身体は、そして、身体をもっていること、身体を介して何かをすることは重要なテーマであり続けている。明確に定義されているわけではないが、身体性(embodiment)とは、身体を介しては考えることができないことがらを考えるときに必要となる概念だろう。

現代現象学の入門については『ワードマップ 現代現象学入門』が勧められる。

現代現象学―経験から始める哲学入門 (ワードマップ)

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  • 発売日: 2017/08/05
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現象学の歴史的展開を心理学や認知心理学との関わりからコンパクトに記述した『現象学入門』には、ごく簡単にではあるが、フェミニスト現象学についての紹介もある。

現象学のブックリストは次のブックフェア いまこそ事象そのものへ! が有益だ。

4. 物質性

Colebrook, C. (2017). Materiality: Sex, Gender, and What Lies Beneath. 194-206.

唯物論(new materialism)の思想家の流れの紹介。ジュディス・バトラーとの関係を示しつつ。

思想家の流れが主で「新唯物論」が何かはこの章ではわからなかった。二分法における一方をたんに取り上げるのではなく、精神 / ものの対置を批判する、という特徴づけにおいて、それまでの唯物論的なものを説明項として重要視するアプローチとは異なる、ということはなんとなく共有できた。

5. 境界のアイデンティティ

Barvosa, E. (2017). Feminism and Borderlands Identities. 207-217.

境界線上アイデンティティborderlands identities)の議論の動機、議論のはじまり、交差するアイデンティティと形成 / 変異を紹介する。

境界線上アイデンティティ:容易には / 典型的には組み合わせられない社会的に構築されたふたつ以上のアイデンティティを含む自己のうちの多様性の配置。たとえば、Lennard Davis が語る耳の聞こえない親に育てられた耳の聞こえる子どもであるといった、複数の境界線上にあるアイデンティティ

議論のはじまりは、Chicanaの詩人、活動家、インデペンデントなフェミニスト研究者であるGloria E. Anzaldúaの研究からなり、人種、エスニシティジェンダー、ディスアビリティといったさまざまな複数のアイデンティティの境界線上で見出されるアイデンティティに焦点が当てられる。

境界線上のアイデンティティを思考する際には、アイデンティティ一般がそもそもどのような構造をして、それを使ったりしてわたしたちが何をしているのかが問われる。

6. パーソナルアイデンティティと関係的な自己たち

Brison, S. J. (2017). Personal Identity and Relational Selves. 218-230.

他者と切り離されて自律する自己という概念の男性的なバイアスを指摘しつつ、関係的な自己の概念の意義を紹介していく。

ケアの倫理、拡張された認知、トラウマによって変貌せざるを得ない自己の生きられた経験、物語的自己と社会的構築の議論を取り上げながら、他者と出来事のうちで形成される関係的な自己を描く。

関係的な自己(relational self):切り離された   

7. 精神分析と主体

Oliver, K. (2017). Psychoanalysis, Subjectivity, and Feminism. 231-240

他者に応答できる、行為者である感覚:主体性(subjectivity)の発達、抑圧、解放を説明するための重要なアプローチとしての精神分析理論を紹介する。

主体性(subjectivity)が行為し応答できる主体の感覚である一方、他方、歴史的、社会的に位置づけられた地位としての「主体のポジション(subject position)」があり、両者の緊張のうちで「主体(subject)」がダイナミックでかつ安定的な構造をもつ。

フロイトに連なる精神分析において、主体性の形成に焦点が当てられ、主体のポジションの形成が主体性に与える影響を十分扱ってこなかったために、女性の主体性の形成が抑圧され、病理化されがちな問題の説明できなさを指摘し、主体のポジションを含む社会理論と組み合わされた分析の必要性を主張する。

II. 知識、言語、科学

8. 合理性と客観性

Rooney, P. (2017). Rationality and Objectivity in Feminist Philosophy. 243-255.

合理性と客観性という知識と深く結びついた概念が暗黙のうちに、男性性、階級、人種に限定され、バイアスを加えられてきた歴史と分析の紹介。第一に、合理性と客観性が哲学と科学において男性的なものと結びつけられてきた歴史と科学におけるジェンダーバイアス、第二に、さまざまな実験によって明示化されるジェンダーバイアスと分析、さいごに、合理性と客観性はどこまで批判されうるか、それは廃棄されるべきかをめぐる議論を紹介する。

9. 信頼と証言

Grasswick, H. (2017). Trust and Testimony in Feminist Epistemology. 256-267.

フェミニスト認識論における信頼(trust)と証言(testimony)のの倫理的・社会的・制度的側面の議論。わたしたちはさまざまな証言を交換する。それぞれの社会的ポジション「誰が言ったことか」と引き合わせながら。その際、白人や男性であることが社会的により信頼性を持つとされる社会であれば、非白人であること、女性であることで、同じ証言だとしても低く見積もられてしまいうる。これらアイデンティティに関する偏見によって信頼性を低く見積もられるという「証言的不正義」をはじめとする、個人に限定されず、社会的なジェンダーエスニシティ、人種に関する不平等の構造と結びついた認識的な不正義についての議論がフェミニスト認識論の主要なトピックの一つとなっている。

10. 認知的不正義、無知、トランス経験

Fricker, M., & Jenkins, K. (2017). Epistemic Injustice, Ignorance, and Trans Experiences. 268-278.

トランスジェンダー経験を証言しようとする際に起こりうる様々な認識的不正義の議論について。証言的不正義(testimonial injustice):様々な偏見によって、特定のひとびとがその信頼性の度合いを削減される不正義、解釈的不正義(hermeneutical injustice):重要な社会的経験を理解可能なものにする試みを不成功におわらされる不正義を紹介し、認識的不正義とその対抗を紹介する。

11. 発話と消音

Maitra, I. (2017). Speech and Silencing. 279-291.
レイ・ラングトンがキャサリン・マキノンによるポルノグラフィ批判をオースティンの言語行為論から解釈するひとつのアプローチとして、提示した「消音(silencing)」の議論。消音には、発話そのもの、発話を介して引き起こす行為、発話において行われる行為;同意なく迫ってきた他者に対して「やめろ!」という発話、その発話を介して相手の行為を静止させる行為、そして、拒否という行為のそれぞれについて、それらを失敗させたり、不成立にするような状況や態度が関わる。にはポルノグラフィ論との関わりで、ポルノグラフィが女性の拒否をはじめとする言語行為を消音し、社会的不正義を可能にしているとの批判をめぐる反論と応答が紹介される。消音をはじめとして、ポルノグラフィと言語行為論的分析はかなりの蓄積があり、じぶんも追っているトピック。

12. 言語と書記

Postl, G. (2017). Language, Writing, and Gender Differences. 292-302.
言語の性差別性を指摘し、新たな言語の可能性を示唆したリュス・イリガライ、エレーヌ・シクスー、ジュリア・クリステヴァらの試みと意義とを紹介する。

13. 科学哲学

Kourany, J. A. (2017). Philosophy of Science and the Feminist Legacy. 303-313.
女性科学者の参加をはじめ、バイアスを取り除き、合理性を再検討することでこそ科学の発展が促進されうる、というアプローチを主に議論する。ウィーン学団とそのフォロワーたちは、科学的な世界把握を発展を社会改良のプログラムとともに考えていた。だが、科学哲学はディシプリンの確立とともに、政治性を薄めていく。フェミニスト科学哲学は、ある意味で、科学哲学の最初の動機の再現である。とする冒頭の説明が興味深い。

14. 生物科学

Weaver, S., & Fehr, C. (2017). Values, practices, and metaphysical assumptions in the biological sciences.
生物学における性差別的バイアスがデータ解釈のみならず研究テーマ選択や方法論、形而上学的前提に与えた影響の一般的な紹介と、特に神経科学、進化生物学を取り上げた分析。

科学における合理性や客観性の概念を直接批判するというよりも、そうした概念を批判対象と共有しつつ、性差別的バイアスがかかっているために、科学として現実の現象を救えていない、という批判を行う実践の多くの紹介。フェミニスト科学哲学には前者のようなより根本的批判のスタイルもある。

15. 社会科学

Alison Wylie 2017 Feminist Philosophy of Social Science. 328-340.

社会科学のフェミニスト哲学の方法論とスタンドポイント理論の紹介。

*1:Garry, A., Khader, S. J., & Stone, A. (Eds.). (2017). The Routledge companion to feminist philosophy.

The Routledge Companion to Feminist Philosophy (Routledge Philosophy Companions)

The Routledge Companion to Feminist Philosophy (Routledge Philosophy Companions)

  • 発売日: 2019/09/27
  • メディア: ペーパーバック
 

*2:他の哲学者の方も指摘しており、あとがきでも記されているが、書籍内に登場する質問役の学生の言葉づかいは奇妙にジェンダー的役割を強調するようであり、とくに書籍の構成上必然性があるとは思えないので、わたしは不必要だと考える。