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ピーター・キヴィ『音楽哲学入門』第2章補足 プラトン『国家』第3巻第399α-399β節に関するコメント

戦士を模倣する旋法について

第2章→Dedicated to Peter Kivy. Introduction to a philosphy of music 読書ノート その2 第2章 すこし歴史の話を - Lichtungにおいて、キヴィがあげている例は、プラトン『国家』第3巻の399aから399bにかけての以下の文だと思われる。ここでプラトンは、ドリアン旋法〔ピアノの白鍵のE-F-G-A-B-C-D-E。以上の七音で構成されているスケール。名称混同の問題に関しては末尾の項を参照〕とフリギア旋法を戦争、勇敢さに関するもの、そして、教育者あるいは祈祷者、つまり節制の状態に関するものとに区別しているようだ。
原文と英語はPerseus→Plato, Republic, Book 3, section 399aより引用した。

[399α] δωριστὶ......τὰς ἁρμονίας, ἀλλὰ κατάλειπε ἐκείνην τὴν ἁρμονίαν, ἣ ἔν τε πολεμικῇ πράξει ὄντος ἀνδρείου καὶ ἐν πάσῃ βιαίῳ ἐργασίᾳ πρεπόντως ἂν μιμήσαιτο φθόγγους τε καὶ προσῳδίας, καὶ ἀποτυχόντος ἢ εἰς τραύματα ἢ εἰς [399β] θανάτους ἰόντος ἢ εἴς τινα ἄλλην συμφορὰν πεσόντος, ἐν πᾶσι τούτοις παρατεταγμένως καὶ καρτερούντως ἀμυνομένου τὴν τύχην:

…戦火のなかにいて、なおかつなにがしかの強いられた任務に就いている勇敢な男が、しくじってしまった。傷を受けていて、あるいは死につつある。もしくは、こうしたたぐいのべつの災難に見舞われてしまった。かくのごとき状況にあって、つねに揺るぎなく、かつ力強く、運命に対して自己を保ち続けている者の、そして口調を…適切に模倣するだろうドリアンの響きを…〔希→和訳〕

ここで、「」「口調」と訳したのは、それぞれφθόγγους→φθόγγοςとπροσῳδίας→προσῳδίαである。前者は、はっきりとした音のすべてをいい、その意味で「声」そのもの、後者のπροσῳδίαはシラブルの音高やピッチをあらわすので「口調」とした。つまり、響き(音の固有の波形としての音色ではないかと推測するが、ギリシア語の言葉の意味は広く断定はさけたい)と音高(音の振動数としての音の高さ、それに加えて、音高の連続的な変化ではないかと考えるが、これも推測に過ぎない)というふたつの要素にプラトンが注目していることがわかる。そして両者とも楽音を意味するものであるため、当時のギリシア語話者はこのふたつの単語があらわれたとき、プラトンが声と音楽との関連を強く意識していることに気づくだろう。

 

5月24日 訂正と解説:ドリアンスケールとフリギアンスケールの混同について

古代ギリシアのドリアン旋法は、現在のフリギア旋法に相当する。

古代ギリシアにおけるドリアン旋法E-F-G-A-B-C-D-Eであり、これは、現代では一般にフリギア旋法と呼ばれている。ラテン語に翻訳される際、この混乱が起こったと言われている。

わたしじしん、現代のドリアン旋法と古代ギリシアのドリアン旋法を同じものとして考え、こちらに記載していたため、訂正させていただきます。早急にご指摘いただいたja_bra_af_cuさんには厚くお礼を申し上げます。

語義ノート

「勇敢な男」に関する分詞は以下のように4つある。それぞれについて筆者が解した変化形の詳細を掲載しておく。

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