東加古川を中心に活動しているレーベルfastcut recordsの10周年記念ライヴイヴェント"Overdose of Joy"*1。
曽我部恵一、Lamp、Four Pens、Pictured Resort、Sheeprintの5組が出演。
加古川駅からシャトルバスで20分ほど揺られ、到着する。
会場は加古川ウェルネスパーク内にある加古川アラベスクホール。ウェルネスパークは広い公園やプール、ジムや多目的ホールなどを含む1997年竣工の市の総合施設。年6万人ほどの利用で推移している*2。
心地よい風を感じながらホールに向かって敷地を歩いていると、週末とあってか、家族連れを多く見かける。屋外プールもあり子供たちがはしゃいでいる。満員というわけではないが、活気があり、週に一千人の利用と計算するとこんなものかと腑に落ちる*3。
ひんやりとした建物に入り、リノリウムのやわらかい感触を足裏に感じながら歩いていると、鼻につく古いコンクリートの匂いに一瞬、フラッシュバックを起こす。
あの90年代の、バブルの残り香をまとった90年代的としか言えないような雰囲気をそのままパッケージングしたような建築と風景に、仄暗い思い出が立ち上ってきたのだった。
建物を通り過ぎて、最後に辿り着いたアラベスクホールは木組みの梁が特徴的な室内楽向けの小ホール。ステージから客席に至るまで、どれも丁寧に作られた印象があった。
前方に見つけた席に深く腰掛け、開演までしばらく待つ。訪れた観客たちは20歳中頃から60代と見えるひとまでさまざまだった。30代はじめから中頃のひとびとがいちばん多い。
オープニングもなく、静かにライヴははじまった。ライヴがはじまり終わるまでの4時間、丁寧な演奏に身を委ねながら、わたしはずっとフラッシュバックを起こしていた。
出演のアーティストは、みな、過去の音楽を意識的に取り入れつつ、ルーツの新たな可能性を開拓する音楽性を持っていた。
曽我部恵一は70年代の日本とアメリカのポップスとロックのオルタナティヴを、Lampは70年代のブラジル、ミナス系音楽の発展を、台湾出身のFour PensはClammbonを代表とする90年代日本のポップスを、Pictured Resortは佐藤博を髣髴とさせる80年代のポップ、フュージョン、Sheerprintは70年代の大貫妙子や松任谷由実のメロディーセンスと電子音の融合を。
それぞれの音楽はルーツを聴き手に意識させながら、同時にありえたかもしれないルーツの先の音楽を幻聴させる。ルーツが辿った正史とは違う歴史を創造することでルーツそのものを再生させようとしている。
ライヴはSheeprintの演奏からはじまった。たゆたうギターのアルペジオが空間を満たして、深いバスの音が現れ遠ざかり、ときおりするどいドラムの音が亀裂を入れる。その空間にささやくような声がいつの間にか混じり、会場のすべてを包む音響効果を生んでいる。
つぎにPictured Resortが登場する。ベースとカホン奏者が目配せをし、曲がはじまる。カホンのタイトな刻みとギターのカッティングがとてもリズミックで思わず揺れているひとびとが目に入る。キーボード、ギターボーカル、カホン、サイドギター、ベースの5人編成。
三つ目のグループは、台湾から訪れたという3人組のFour Pens。ボーカルの伸びやかな高音と、ギターや鍵盤ハーモニカのサウンドが、やわらかい印象を与える。台湾語の響きがとても心地よい。
四つ目はLamp。今回はメンバーの三人ともうひとりの4人編成。本人たちもしばしばライヴで言及するが、肉体的で技術を誇るような演奏を得意とするタイプではない。その中で「冷たい夜の光」の演奏はとくによくまとまっていた。新曲が多く聴けてそれだけで満足だった。
最後の曽我部恵一の演奏が群を抜いてよかった。アコースティックギター一本。自身の声量と表現力を生かした演奏だった。彼がじしんの娘に向けた歌〈大人になんかならないで〉を歌っているとき、赤児の声が客席からして、コールアンドレスポンスのように聴こえた。
ライヴが終わり再びバスに揺られる。むっとするような夕方の市バスの匂い。
鉄塔と水田が延々とつづく加古川の風景を窓越しに眺めながら、地方都市のルーツとその再生を想像しようとしたが、うまく思い描けなかった。
ウェルネバークから平荘湖方面を望む