Lichtung

難波優輝|美学と批評|Twitter: @deinotaton|批評:lichtung.hateblo.jp

音そのものへの旅 網守将平 SONASILE

配置の音楽・創発の音楽

現代とそれ以前の音楽史を無理を承知で分類するなら、「音そのものへの批評眼」の誕生が分岐点になる。
西洋、クラシックと言われる音楽においては、音色そのものへの意識はあったにせよ、歴史的な文脈に限定された楽器しか用いられなかった。ハイカルチャーとしての西洋音楽に現れる限定された楽器のセットはオーケストラでほぼ尽くされている。西洋音楽は、楽器のセットの組み換えと配置によってさまざまな音色を生み出してきたのだ。ゆえに、クラシック音楽は、音色に限定すれば、「アレンジメント=配置の音楽」と名付けられる。アレンジメントとしての西洋音楽はモーリス・ラヴェル管弦楽においてひとつの頂点に達する。彼が管弦楽と同時に、色彩豊かと称えられるピアノ曲を多く残したのは象徴的だ。ピアノという楽器は、クラシック音楽が先鋭化した18世紀に誕生し19世紀に飛躍的な進化を遂げた配置的楽器だ。限定された音色のなかで、それぞれのカラーをもった音域を組み合わせて音色が作られる。
それでは現代の音楽は音色に対してどのような態度をとっているのだろうか?
電子音響の可能性が生み出した。音を創るという作業。既存の楽器ではなく、基本的なサイン波の変形、拡大、足し合わせによって、新たな音色を創る。それによって無限の音を創ることができるようになった。楽音と騒音との境界の融解でもある。電子音楽以後の音楽を「エマージェンス=創発の音楽」と名付けることができる。
アレンジメントからエマージェンスへ。限られた楽器から無限の音へ。現代の音楽へ至る歴史をひとまずこのように整理することができる。
しかし、音概念の拡大は単調ではなく、正負に振動しながら発散していく。

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発見された電子音は、発見者たちにおいては可能性として捉えられたが、その中でも扱いやすいものだけが抜き取られ、残りの可能性は省みられなくなる。エマージェンスの可能性はアレンジメントの安定性へと落下していく。わたしたちはプリセットという言葉がこの落下を象徴していることに気づく。音楽制作ソフトに収められたデジタル音源は、典型的なサウンドとしてプリセットされている。

エマージェンスとアレンジメントの振動

このような状況のなかで、ふたたびエマージェンスの可能性を提示してみせる若きアーティストがいる。網守将平。音楽家。作曲家。東京芸術大学音楽学部作曲科卒業、同大学院音楽研究科修士課程修了。
彼の1stアルバムSONASILEは、エマージェンスの可能性に満ちている。

SONASILE

網守将平『SONASILE』

PROGRESSIVE FOrM / PFCD64
2016.12.2 release / ¥2,000 (tax ex)


興味深いことにSONASILEピアノ曲'sonasile'で始まる。彼自身の演奏による、端正な響きが心地よい序奏的楽曲であり、アレンジメント的である。タイトル通り、Son-asile、音の聖域への侵入にふさわしい。彼はインタビューでこう答えている。

タイトルは「SON」(音)+「ASILE」(待避所)による造語です。昨今いろんな意味である種飽和状態と化した音の世界から自らを避難させ、その避難した立場から改めて音楽にアプローチしていくという制作態度を取ったことから、このタイトルに決めました。('Song Premiere: 網守将平 ーkuzira')

12.2release 網守将平 "sonasile" from "SONASILE" PFCD64 by PROGRESSIVE FOrM | Free Listening on SoundCloud

'sonasile'は終盤で徐々に電子音の密度を増し、2. Pool Tableが始まる。裁断された音がめまぐるしく動き出す。ときおり見失いそうになりながらも、やがてポップなボーカルのメロディーがやってくる。電子音そのものの質にわたしたちは注意するように促されている。すでに彼の避難場所に立ち入っていることがわかる。

20年近く前に隆盛を極めた電子音って、訳がわからないけどなんかカッコイイものとして登場したあと、次第に多くの音楽家たちが(真っ当な)作り方を身に着けていき、〈いかにポップスに活かすか〉という視座において、電子音をアレンジ用の素材として使いこなすようになりましたよね。同時に電子音も素材として耳触りの良いものが増えたと思う。僕の興味はそれとは逆で、訳のわからなかったものとしての電子音に、いまだに興味がある。その興味を誰かとまた共有したいんです。(下線部は筆者)
(以下引用は「Mikiki | もう一度、電子音を難解なものと考えよう―アカデミックな新鋭、網守将平が突き詰めた斬新すぎるポップ・ミュージック論 | INTERVIEW | JAPAN」より)

アレンジ用の素材=アレンジメントのためではなく、いまだ固定化されないようなエマージェンスの電子音に回帰する試み。

網守将平 "Pool Table" from "SONASILE" PFCD64 by PROGRESSIVE FOrM | Free Listening on SoundCloud

柴田聡子とのツインボーカルによる楽曲、3.kuzira
一聴して、柴田の歌い方が、息遣いを排除したものであることに気づく。声としても、サウンドとしても聴けるような音になっている。
網守将平 "Kuzira" from "SONASILE" PFCD64 by PROGRESSIVE FOrM | Free Listening on SoundCloud

Kuziraは全楽曲中一番最初に作った楽曲ですね。アレンジが終わった段階では、メロディー含めあまりにもナラティブのある曲になってしまったのでどうしようかなと思ったのですが、いろいろ悩んだ結果、この楽曲と相性が合わなさそうな人に敢えて歌ってもらってどうなるか試してみようというアイデアに着地しました。

6.LPF.ar メランコリックなピアノのメロディーの周囲を拡げるように電子音が挿入される。
音響的/音楽的な作品である。

(影響を受けた音楽家について:筆者注)彼らは音楽を形式的な概念以上に、もっと広く時空間的な概念に近いものとして扱っていた作曲家だとも言えますよね。自分のこういった影響の受け方は一貫していて、そのまま後の音響系やサウンド・アートへの関心/活動に繋がっています。

9.Sheer Plasticy Of the Lubricant

永続する響きが音響的にも現れる、和音として音楽的にも現れる。網守の言葉を借りれば、テクスチャーとストラクチャーとがLubricous=滑らかに交代する。一曲としては最も長く、ポップさは姿を消しているかに思えるが、ところどころで構造を感じ取られる響きに出会う。音響と音楽の融合という点ではこのアルバムを代表する曲だ。

これは聴き方についてなんですけど、何らかの曲の何らかのフレーズがあったとして、そのフレーズを〈音響〉として聴くか〈音韻〉として聴くかを、精密にではないにしろ、ある程度コントロールできるようになるというか。アカデミックな作曲の勉強をすると、モチーフみたいなものに敏感になって、フレーズからパターンを抽出したくなる。要はストラクチャーを聴き取りたくなるんですが、電子音響はテクスチュアルな要素が強いのでそう簡単にはいかない。そういうテクスチャーとストラクチャーの差異を知覚しようとする、ある種の葛藤としての聴取方法を獲得できたのは、僕にとって本当に良い意味で、アカデミズムをその外部に活かすことができた例だと思います。

(強調は筆者)

10.Mare Song
網守将平 "Mare Song" from "SONASILE" PFCD64 by PROGRESSIVE FOrM | Free Listening on SoundCloud
オーセンティックで美しく儚い旋律が魅力的な佳曲。これは網守の次の言葉を表現した楽曲だろう。

(このアルバム全体が:筆者注)難解ではない理由があるとすれば、最初から電子音楽エレクトロニカではなく〈ポップ・ミュージック〉として作ったからだと思います。僕のなかでは『SONASILE』はポップスでしかないし、最初からポップスを作るつもりでした。電子音響との関係性で言うと、これは制作途中で考えたことなのですが、力づくでもポップスにしていくことで逆説的に電子音の存在感が際立つのではないかと思ったんです。

11.Rithmcat
どこか朴訥さを感じる響きとリズムの試みを感じる。網守のユーモアセンスが図らずももれているような感覚を覚える。

電子音をポップスのためのアレンジ素材として用いつつも、ある種過剰に活かしてアレンジそのものを脱臼させることで、逆にリスナーのなかの電子音への意識を復権させたかったのかなと。むしろもう一度、電子音を難解なものとして考えるべきだというか。そういう発想を徹底することによって、アレンジの範疇を超えたアクシデンタルな音色が、作品全体にバラ撒かれることになった感じです


電子音のエマージェンスへの回帰、同時に高度なアレンジメントとの接合。それも、どこか諦観が遠く響くユーモアを伴って。網守将平にしかできないオリジナリティ溢れるアルバムであり、彼自身の目標が見事に達成された作品だ。一曲一曲が次の展開を秘めており、それらを根として、11の異なるアルバムさえ産むことができるような可能性を持っている。

 

参考資料

・Mikiki | もう一度、電子音を難解なものと考えよう―アカデミックな新鋭、網守将平が突き詰めた斬新すぎるポップ・ミュージック論 | INTERVIEW | JAPAN  http://mikiki.tokyo.jp/articles/-/13232

・Song Premiere: 網守将平 – Kuzira  http://publicrhythm.com/29552

・【REVIEW】SONASILE / 網守将平(PROGRESSIVE FOrM)http://indiegrab.jp/?p=4394