Lichtung

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論文制作の方法

はじめに:論文制作の方法を問うて何がうれしいのか

論文はいかに作られているのか、論文はどう作るべきなのか、どのような構成要素から論文の制作は成り立っているか。こうした論文の制作に関する問いを仮に「論文制作」に関する問いと呼ぼう。論文制作に関する議論は、いくつかの著書でもなされている*1。これらは、理論と概念の扱い、問いの立て方、資料調査法など、論文制作の上で注意すべき諸々の構成要素に注意を促し、効果的な手法を提示する優れた著作であり、その有用性に疑いはない。

だが、どのようなツールをどのように使うか、どのような作業を繰り返しているのかといった、より日常的で具体的な論文制作の方法の共有は、ゼミや授業の現場ではなされているかもしれないが、著作や論文の形では、これまでそれほどなされてきたとは言えないと考える。しかし、こうした具体的な情報を一般に共有することは、各研究者の研究方法の自己反省の手がかりとなるために、研究者コミュニティ全体の生産性を高める上で有用だろう。

加えて、方法を共有することは、それを手がかりに個々人が自前の方法を洗練させるのみならず、他人が採用している方法を理解し、あるいは他人にじぶん特有の方法を理解させることをも可能にする点に意義がある

方法の共有は、個々人の特性の共有と相互理解を可能にする。たとえば、研究指導にあたっては、しばしば教員の論文制作の方法が雛形として提示されるが、個々人によって身にあった学習の手法やペース、情報処理の仕方、目的、モチベーション、使用可能な時間的、経済的、社会的資源が異なる以上、どこまでが採用可能か、参考にしてほんとうに有益かは明らかではないし、むしろ合わない事態もふつうにありうる。その際に、論文制作の方法がある程度共有され、様々なバリエーションが整理されていれば、教員は学生の特性を理解し、ひとつきりでない選択肢を提示することができるだろうし、学生もまた自身特有の方法を把握しつつ、教員に対してそれ理解させることができる。

この互いの理解は、特に、進捗とその報告という点で重要な意義を持つだろう。たとえば、あるひとは完全に定まった計画を立て、一つずつ実行していく方法を採用しているかもしれないが、他方で、多くの問いを同時に走らせてそれらを取捨選択しあるいは統合していくひともいるだろう。このとき、もし指導教官が前者で学生が後者なら、進捗報告はつねに互いの時間の浪費に終わるかもしれない。両者ともじぶんがただしいと考える方法に基づいて双方を判断し(「なぜ学生は綿密な計画通りにことを進めないのか?」「順調にアイデア出しと取捨選択は進んでいるのになぜ教員は邪魔立てするのか?」)、実際の進捗の程度を正確に伝達し合うことに失敗するかもしれない。同じことは同僚同士にも言えるかもしれない。ひとつのプロジェクトを協働するにあたって、各々の進捗のあり方を共有しておくことはプロジェクト管理や、これ以上行けば破綻するような地点を判断するのに有益かもしれない。

つまり、論文制作の方法の知見は、諸々の制作の方法を共有・比較可能にし、同僚同士、そして教師と生徒といった関係について、研究の共同作業における進捗の共有や、指導をする/される場面における有意義なコミュニケーションを可能にする。ゆえに、それは研究実践の様々なレベルで役立つだろう*2

なにより筆者自身、こうした論文制作の方法の情報を他人に指導される際、そして指導する際につねづね手に入れたいと思っており、論文制作の方法の共有には潜在的なニーズがあるのではないだろうか。

とはいえ、いまだ論文制作の統一的モデルを手にしていない以上、そうした情報共有を可能にするためには、具体例からはじめるしかない。前半部ではかなり日常的で断片的な記述に終始し、後半部では仮説としてモデルを提示する。

以下では、分析美学(芸術の哲学/感性の哲学)を主として研究している筆者が、論文制作を試みに四つのパートと三つのステージに分け、それらについての日常的な作業を提示することで、論文制作の具体的な方法の一例を提供しつつ、論文制作の方法の共有のためのモデル構築とその共有を試みる*3

本稿がその目的を達成できたかは定かではないが、少なくとも、執筆を経て重要な課題が見えてきた。すなわち、論文制作の方法の共有にあたって、次の二つの点について整理を行う必要性が明らかになった。第一に、論文制作の構成要素についての分類、第二に、論文の目的に基づいた制作法の分類である。

本稿の構成は以下の通り。第一節では、四つのパートを説明し、第二節では、三つのステージを説明する。第三節で、論文制作の方法の効果的な共有のための概念整理の必要性について指摘するとともに、仮説的モデルを提示する。そして、最後に課題を提示する。

本稿が論文制作の方法の共有の試みを活性化させるなんらかの役割を担うことを期待する。

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第1節 四つのパート

本節では、筆者が日常的に行なっている論文制作の構成要素を四つのパートに分類し、その具体的な様子を伝える。これらのパートは段階的に完了されていくタスクというより、論文制作の進行あるいはステージによってその比重が変化するもののつねに行われる作業である。つまり、論文制作において、はじめのパートからさいごのパートまで順番に実行されていくのではなく、論文の構想段階から執筆へとステージが移行するにつれて、各パートの作業時間に占める割合が変化していく*4

A. 情報収集・整理

論文集めのステップ。材料となるアイデアや理論を論文から集める。集めた論文の文献リストを作る。

google scholarを検索、引用元を辿りながら、使うだろう論文をどんどん増やす。一日の作業終わりに行う。一回で済みそうなものだが、案外「こんないい論文あったのか」と気づくことが多々あるので、繰り返すのはわるくない。

f:id:lichtung:20190109225625p:image図1クリアケースと論文

論文はクリアケースにそのトピック毎にまとめると、いくつのトピックを扱っているのか、各トピックどれぐらいの論文を集めたのかといった分量が物理的に可視化されてよい(図1)。

無印のこちらのファイルを使っている。安くてある程度丈夫なため使い勝手がよい。

B. 情報解釈・理解

at_akada(2015)で指摘されているように、だいたい10篇ぐらい読んでいくと、重要な論文や論争状況がわかってくる*5。そこからさらに必要な周辺知識を固めてゆく。論文を仕上げるまでの前半はこのパートで占められる。

f:id:lichtung:20190109225632j:image図2 論文とメモ

わたしは、論文は印刷して脇にメモを書いたり線を引く(図2)*6。あとで論文を引用する時、どこで特定の議論がされていたかめくるだけでパッとわかるので(だが、無限に紙片が増えていくので困っている)。

C. 執筆

イデアが形を取りはじめたら論文で問いたい問いに向かって彼らを並べてあげる。すると、おおまかに形が見えてきたり、本筋と関係ない議論が見つかったりするので、カットしてあげたり、補強するためにまた論文を探しにゆく。するといい感じにできてきて、本格的に、論証や例示の出し方、全体の構成に力を割いていくことになる*7

D. 評価、批評

作曲家の中川俊朗さんが、作曲法として、小さな五線譜に様々なアイデアを書き留めておいて、あとで結びつけてゆく、と語っておられたが*8、わたしも一気に書くというよりは、断片的なアイデアを一冊のノートに書き溜め、それらを後で結びつける方法が性に合っている(図3)。

f:id:lichtung:20190111010243p:image図3 研究ノート

無印の単行本ノートを使っている。小さい鞄にも入るし、栞もついていて便利。書き心地もわるくない。本棚にもきれいにしまえる*9

書いておくのがポイント。「書くと忘れる」という効果を生かしたいので。外部記憶のメモにアイデアを記録させておくことで、それを忘れてもいいようにする。頭の中に後生大事にアイデアを置いていても、実は大したことのないものばかりなので、吐き出し続けて、頭の空き作業領域をつねにたっぷりとってあげる。すると、いまいちなアイデアは書いたそばから忘れてゆくが、いいアイデアは、論文を読んだりするなかで成長してゆく。それをまた書き出して、いらない部分を捨ててゆく。つまり、細かく考えを書き留め、それを評価、批評する。

第2節 三つのステージ

前節では、具体例とともに、四つのパートを提示した。その際に触れたステージについて本節では提示したい。以下では、⑴構想段階、⑵執筆段階、そして、⑶修正・洗練段階の三つのステージについて述べる。

I. 構想段階

この段階では、執筆の前に、どのようなトピックが関連しうるのか、どのような議論に意義があるのかを確認、検討する。そのために、できるだけ多くの論文に目を通し、現行の議論の潮流や、問いの立て方を確認する。この段階では、論文の論証の細かい精査というより、どのような道具立てがどの程度必要なのかを見積もる。たとえば、価値論に関わる場合、美学のみならず倫理学における議論を参照する必要がありそうか、参照するにしてもどこまでがいまだ係争中の議論であり立ち入るべきでないかを調査する。

II. 執筆段階

この段階では、文献収集はある程度完了し、取り組むべきトピックは明白になっている。そこで、前段階では軽く目を通すにとどまっていた細かな論証や問いを明らかにする際に導入すべき前提を確認し、それらをどのように論文に組み込むのかを考える。また、執筆する中で、時間的、能力的に取り組めないトピックと議論を放棄する。

III. 修正・洗練段階

この段階では、ほぼ原稿の構造が固まっている。このとき、不必要な文献を削りつつ、あやふやな議論や定義を見直しながら、その補強に必要な論文があれば確認する。この頃から原稿を知り合いに渡して、コメントを頂く。また、教科書や関係のない本を読んだり、研究ノートの最初の方を見て、現在の作業をいったん忘れるふりをして、はじめて読むように原稿を読み、漏れているトピックやおかしな前提がないかを確認する。ここがもっともうまくいかない作業のひとつだが。

第3節 論文制作のモデル

以上の四つのパートは筆者の自己の作業の再記述を試みたものであり、特定の共有された理論的枠組みに基づいたものではない。ゆえに、以上の区分それ自体、論文制作の方法の共有にあたって有用なものではない可能性は大いにある。そこで、論文制作の生産的な共有のためには、第一に、そもそも論文制作はどのような構成要素から成り立っているのかに関する議論が必要だろう。

ひとつの仮説として、試みに、論文制作は、⑴情報収集と整理、⑵情報解釈と理解、⑶執筆、⑷生産物の評価、批評の四つの要素(パート)から成り立っており、それらのパートの比重が、⑴構想段階、⑵執筆、そして、⑶修正・洗練段階の三つの進行(ステージ)によって変化してゆく作業だとする「論文制作のパート−ステージモデル」を提示しておく*10。このモデルに基づいて仮に筆者の論文制作の方法を試みに図形楽譜を模して「スコア」として図示すると次のようになる(図4)。縦の項は四つのパートを、横の項は三つのステージを意味し、黒い図形は、各パートとその作業時間の大きさを太さで表している。各ステージのある時点を切り取ったとき、どのような比重でどのような作業がなされているのかが分かる。

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第二に、論文のそれぞれの目的に基づいた論文制作の整理が必要である。本稿は、芸術、感性に関する問いについての概念の整理や提示、論証や問題の整理を行う分析美学という研究分野を専攻する著者によるものであり、論文制作の作業は論文の読解と理論や議論の構築で占められている。対して、経験的研究を行う者は、かなり異なった作業を行い、論文制作の各パートやその比重も異なるだろう。ゆえに、本稿で提示したパートや作業は異なる分野の研究には有用な情報ではないかもしれない。

そこで、価値のある情報共有のためには、こうした様々な目的の共通性と差異とを包括的に説明しうるようなモデルが必要になる。というのも、そうしたモデルなしでは、特定の研究分野においてのみ有効な制作の方法に過度な一般化がなされたり、逆に、普遍的に有効なはずの制作法が特殊なものとみなされ、うまく共有されない事態を招きうるからだ。

つまり目下必要なのは、すぐれた論文制作の方法とは何かという問いよりも前に、異なる方法を採用しているひとびとのあいだで、様々な論文制作の方法を議論し、伝達する際に有用な基本的な語彙と枠組みの構築であろう。そうしたインフラストラクチャ構築の作業が行われることで、論文制作の方法に関する分析と議論は深化しうる。

第4節 課題

より一般的な哲学的課題に関する議論を参照すれば、論文制作の方法に関する研究にあたって、わたしたちは、一方で、論文制作の方法に関する様々なデータを集める必要があり、そうしたデータの収集と同時に、他方で、それらを説明する包括的な理論構築を行う必要もあるだろう。つまり、論文制作の方法の議論を深めるにあたって、次の二つの具体的な作業課題がある*11

  • データに関する課題:どのような要素から論文制作の作業は構成されているのかについての実践者が持つデータの収集。
  • モデルに関する課題:特定のデータのまとまりについて、論文制作に関するどのようなモデルが提示されているのかに関する整理、および理論構築。

もちろん、各実践家が提供するデータには、その提供者自身によるなんらかの理論化が施されているだろうから、それを処理し、比較するために仮説的理論を構築し続ける必要もあり、データとモデルに関する問いを互いに連動させながら研究を進めていく必要があるだろう。

本稿では、前者に関しては、筆者のデータの紹介と、後者に関してはそのデータにのみ基づいたごく限定的なモデルを提示するにとどまった。

おわりに

本稿では、論文制作の方法を問う意義を指摘しつつ、論文制作を構成するだろう四つのパートと三つのステージについて説明し、それらを組み合わせた論文制作のパート−ステージモデルの提示と、その図示を試み、最後に課題を指摘した。

本稿の記述は「論文制作学」とでも呼ぶべき興味深い分野の種を含んでいるかもしれない。そのような分野がありうるかはともかく、本稿が論文制作の方法の共有の試みをより豊かにできればと願う。

ナンバユウキ(美学)

*1:たとえば、上野千鶴子『情報生産者になる』筑摩書房、2018年。戸田山和久『論文の教室––––レポートから卒論まで』NHK出版、2012年。など

*2:以上の論文制作の方法を考察する意義について考えるにあたって、次にあげたツイートの他にも、最近Twitter上で研究者のあいだで議論されていた関連するいくつものツイートを参照した。それらのすべてをあげることは、鍵アカウントの方を含め、現在、ツイートを引用する作法を筆者が作り上げていないため控えさせていただく。ただ一点、以上の意義に関する議論に瑕疵があるとすれば筆者の瑕疵だが、発想自体は筆者オリジナルなものではなく、幾人かが指摘したことをまとめたに過ぎないことをはっきりと明示化しておかなければならない。

*3:論文執筆の実践数は数回であり、このような考察をするには明らかに数は不足している。

*4:ある楽曲において、イントロ、Aメロ、そしてサビからアウトロに至るまで各声部やパートはその比重を変化させ続けるように。

*5:

*6:三色マーカーなどいろいろやり方はありそうだが、面倒なため赤と青のボールペンしか使わない。

*7:ここまで来ると、文献リストはどんどん減ってゆく。最初の方に読んだ論文は不必要だったり、議論には関わらないことが判明するので。

*8:

*9:以前は京大式カードの類を使っていたが、整理しにくいし、失くすので辞めてしまった。

*10:このうち、⑶はアカデミックライティングに関する研究がなされているだろうが、⑴、⑵と⑷とに関しては、デザインコミュニケーションの分野で盛んに研究されていると感じる。たとえば、アーロン・イリザリー&アダム・コナー『みんなではじめるデザイン批評―目的達成のためのコラボレーション&コミュニケーション改善ガイド』、安藤貴子訳、ビー・エヌ・エヌ新社、2016年。

*11:この点については、次の論文を参照した。Walton, K. 2007. “Aesthetics—what? why? and wherefore?.” The Journal of Aesthetics and Art Criticism, 65(2), 147-161.