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SEP: 歴史哲学 PART I

はじめに

本稿はSEP(スタンフォード哲学百科事典)の「歴史哲学(Philosophy of History)」の項のまとめノートである。
この記事では、歴史哲学のうちで問われる、歴史の行為者・因果論。そして、大陸系、英米圏の歴史哲学。加えて、史学史と歴史哲学との違い歴史家からの問いが紹介される。

歴史哲学という言葉は、多くの人にヘーゲルの名前を思い起こさせるかもしれない。けれども、その著作は歴史哲学の際立った例ではあるものの、歴史哲学の歴史の中で位置付けられるべきものであって、歴史哲学の唯一の規範的な事例というわけではない。この記事では、歴史哲学のなかの、いくつかの時代と地域において議論され来たって、なおかついまもなお盛んに論争が繰り広げられている主要な問いをめぐって、さまざまな研究が紹介される。

近年、英米圏において盛んに議論されている歴史の存在論、因果論、認識論、方法論といった、史学史とは異なる歴史哲学に特徴的な問いとアプローチの存在を知ることができ、かつまた、ヘーゲルだけではない大陸系の歴史哲学の多様さを確認することができる。

なお分量と作業の進捗の関係からPART I と PART II の二つに分割した。

書誌情報

Little, Daniel, "Philosophy of History", The Stanford Encyclopedia of Philosophy (Summer 2017 Edition), Edward N. Zalta (ed.), URL = <https://plato.stanford.edu/archives/sum2017/entries/history/>.

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イントロダクション

歴史哲学のなかで扱われる問いは多岐にわたり、その問いへのアプローチもまた多種多様である。そのため、単一の歴史哲学があると考えるべきではなく、複数の歴史哲学が存在すると考えるべきである。それでも、便宜的に、歴史哲学とは以下のようなものであるとみなすことができる。
歴史哲学とは、哲学者たちが形而上学、解釈学、認識論、歴史主義といった分野と関わりつつなされる、いくつかの主要な問いをめぐる考察からなるものである。その問いは以下の四つに代表される:

  1. 歴史はなにによって構成されているのか(個人の行動、社会構造、時代および地域、文明、大きな因果過程、神の介入)?
  2. 歴史を形づくる個々の出来事や行動を超えて、歴史は全体として、意味、構造、または方向性を持っているのか?
  3. 歴史を知り、表象し、説明することには何が関係しているのか?
  4. 人間の歴史は、どの程度、現在の人間によって構成されたものなのだろうか?

1. 歴史とその表象

歴史家の五つの仕事

歴史家の仕事とはなんだろうか?

ここでは五つの活動があげられる。

  1. 歴史家は過去の出来事や状況に関する概念化や事実の記述を供給することに興味をもつ。
  2. 歴史家は「なぜこの出来事が起こったのか? いかなる条件によって、あるものがもたらされることになったのか?」といった「なぜ(why)」の問いに応えようとする。
  3. 上記のものとも関連しつつ、歴史家は「いかにしてこの結果が生まれたのか? この結果が現れる過程はどのようなものだったのか?」という「どのようにして(how)」という問いに興味を持つ。
  4. 所与の複雑な歴史的な活動の連なりの下にある、人間の意味と意図とをつなぎ合わせようとする。こうした歴史的思考は「解釈学的(hermeneutic)」な側面を持っている。
  5. 最後に、歴史家はよりいっそう基礎的な課題にも向き合う。すなわち、過去における所与の出来事や時間に関して存在している文書を見つけ出し、その意味を解明するという課題である。
まとめ

つまり、歴史家は、過去の出来事や状況の概念化、記述、文脈への位置づけ、説明、解釈をするのである。

究極的に、歴史家の課題は、現存する証拠に立脚した調査にもとづいて、過去に関する、何(what)、なぜ(why)、どうして(how)という問いに光を投げかけることにある。

二つの主要な問い

次に、次節から議論する二つの主要な問いについて触れておこう。

一つは、歴史における行為者と因果の関係に関する問いである。これは、歴史は因果関係の一連の流れなのか、それとも、互いに関連し合う人間の一連の行動の結果なのか? という問いである。

二つは、時間的、空間的な歴史的過程の規模に関する問いである。歴史家は歴史において、ミクロな、メソな、あるいはマクロな視野を調停しようとしなければならないのだろうか?

1.1 歴史における行為者と因果論

歴史哲学にとっての重要な問いは、どのようにして「歴史」を概念化するかという問いである。歴史的な出来事や構造のあいだに存在する客観的な因果関係があるために、歴史は重要なものなのだろうか?それとも、さまざまな身分の無数の個人の行動や思考の枠組みの集まりなのだろうか?

ここで歴史を考えるべつの道がある。分離した原因と結果のセットではなく、行動を強制し、促進する社会的条件と過程のセットとして歴史に焦点をあてることができる。こうしたアプローチは、「行為者中心の歴史」であると呼ばれる。ひとびとが何を考え信じていたかを評価することで、ある時代を説明する。

1.2 歴史における規模

ミクロ・ヒストリー

翻身(ファンシェン)における中華革命の様子を月ごとに記述したヒントン(1966)、モンタイユーの村を対象としたル・ロワ・ラデュリ(1979)、そして、シカゴの発展を追ったクロノン(1991)といった歴史家は、特定の制限された時間と空間における歴史を研究した。彼らの仕事を「ミクロ・ヒストリー」と呼ぶ。

  • Hinton, William, 1966. Fanshen: A Documentary of Revolution in a Chinese Village, New York: Vintage Books.
  • Le Roy Ladurie, Emmanuel, 1979. Montaillou, the Promised Land of Error: The Promised Land of Error, New York: Vintage.
  • Cronon, William, 1991. Nature's Metropolis: Chicago and the Great West, New York: W. W. Norton.
マクロ・ヒストリー

世界の病の歴史を扱ったマクニール(1976)、世界人口の歴史を著述したリヴィ・バッチ(2007)、そして世界の環境の歴史を扱ったド・ヴリーズとグーズブロム(2002)といった歴史家たちの著述は、仮想的に全世界を含むような、また、千年以上の時をまたぐような規模を選択している。このような歴史を「マクロ・ヒストリー」と呼ぶことができる。

  • McNeill, William, 1976. Plagues and Peoples, Garden City: Doubleday.
  • Mink, Louis O., 1966. “The autonomy of historical understanding”. History and Theory, 5 (1): 24–47.
  • De Vries, Bert, and Johan Goudsblom, 2002. Mappae mundi: humans and their habitats in a long-term socio-ecological perspective: myths, maps and models, Amsterdam: Amsterdam University Press.
二つの欠点

ミクロ・ヒストリーは、「いかにしてそれらの特定の村がなにかより大きなものに光を投げかけるのか?」という問いを生み、マクロ・ヒストリーは、「いかにしてそれらの大きな主張が、特定の地域における文脈をで実際に説明できるのか?」という問いを生む。

メソ・ヒストリー

三つめの選択肢として、中国における広域的な地域を研究したスキナー(1977)の研究のような、中間的なレヴェルでの歴史、すなわち、「メソ・ヒストリー」がある。

  • Skinner, G. William, 1977. “Regional Urbanization in Nineteenth-Century China”, in In The City in Late Imperial China, G. W. Skinner (ed.), Stanford: Stanford University Press.

2.大陸系の歴史哲学

ヴィーコへルダーヘーゲルといった近代の哲学者たちは、歴史のおおきな方向性や意味についての問いを提起した。それらとは異なる流れとして、シュライエルマッハーディルタイ、そしてリクールといった解釈学的な哲学者は、他者によってつくられたテクストやシンボル、そして行為の意味を理解することを人間が引き受けるという「解釈学的循環(hermeneutic circle)」を重視した。

  • Schleiermacher, Friedrich, 1838. Hermeneutics and criticism and other writings, A. Bowie (ed.), Cambridge texts in the history of philosophy, Cambridge, New York: Cambridge University Press, 1998.
  • Dilthey, Wilhelm, 1860–1903. Hermeneutics and the study of history, R. A. Makkreel and F. Rodi (eds.), Princeton, NJ: Princeton University Press, 1996.
  • Ricoeur, Paul, 2000. Memory, history, forgetting, translated by Kathleen Blamey and David Pellauer, Chicago: University of Chicago Press, 2004.

2.1 普遍的な、あるいは歴史的な人間本性?

ひとつの基本的な「人間本性(human nature)」が存在するのか? あるいは、基本的な人間性の特徴は歴史的に条件とづけられているのだろうか?

ヴィーコは、『新しい学』(1725)のなかで、歴史的状況を超えて、人間本性の普遍性が存在し、ゆえに、歴史的な行為と過程の説明が可能であると主張した。

  • Vico, Giambattista, 1725. The first new science, L. Pompa (ed.), Cambridge texts in the history of political thought, Cambridge, New York: Cambridge University Press, 2002.

上記の人間本性を仮定する考えについて次の二つ点を注記しておく。

一つに、歴史を解釈し、説明する課題を平易にする。というのも、過去の行為者をわたしたちじしんの経験と本性から理解できる考えることができるからだ。二つに、この考えは、20世紀の社会科学理論のうちに、包括的な社会の説明の基礎としての、合理的選択理論の形式として継承されている。

普遍的な人間本性を否定する論者にヨハン・ゴットフリート・ヘルダーがいる。彼は、その著作のなかで、人間本性の歴史的な文脈性を議論した。人間本性とは、それじたいが歴史的な産物であり、歴史的な発展において異なる時期の人間は異なるふるまいをする、と主張した。そして、彼の主張は、のちにベネディクト・アンダーソンイアン・ハッキングミシェル・フーコーらによって議論された「社会構築(social construction)」という概念の先駆けとなった。

  • Herder, Johann Gottfried, 1791. Reflections on the philosophy of the history of mankind, F. E. Manuel (ed.), Classic European historians, Chicago: University of Chicago Press, 1968.
  • –––, 1800–1877. On world history: an anthology, H. Adler and E. A. Menze (eds.), Sources and studies in world history, Armonk, NY: M.E. Sharpe, 1996.
  • Anderson, Benedict R. O'G., 1983. Imagined communities: reflections on the origin and spread of nationalism, London: Verso.
  • Hacking, Ian, 1999. The Social Construction of What?, Cambridge: Harvard University Press.
  • Foucault, Michel, 1971. The order of things: an archaeology of the human sciences, 1st American edition, World of man, New York: Pantheon Books.

2.2 歴史は方向性を持つのか?

哲学者のうち、人間の歴史の意味や方向性を探求した者もいる。どのように歴史は聖なるものの秩序を実現するのか、あるいは、循環的、目的論的、進歩的な法則はあるのか、ヘーゲルの人間の自由の展開としての歴史のように、歴史は重要な題目を演じているのか、という問いが問われる。これらの動機は、一見したところ偶然的で恣意的な歴史的な出来事により基礎的な目的や秩序が横たわっていることを明らかにしようとするところにある。こうしたアプローチは、ランケによって強調されたように、解釈学的であると呼ばれる。行為や意味よりも、おおきな歴史の特徴を解釈しようとする。また、ライプニッツによる『弁神論』や20世紀におけるジャック・マリタンエリック・ラストクリストファー・ドーソンといった神学者たちの議論も、歴史に神の意志をみてとる点で、目的論的である。

  • Ranke, Leopold von, 1881. The theory and practice of history, W. Humboldt (ed.), The European historiography series, Indianapolis, IN: Bobbs-Merrill, 1973.
  • Leibniz, Gottfried Wilhelm, 1709. Theodicy: essays on the goodness of God, the freedom of man, and the origin of evil, A. M. Farrer (ed.), La Salle, IL: Open Court, 1985.
  • Maritain, Jacques, 1957. On the philosophy of history, New York: Scribner. Marx, Karl, 1852. The eighteenth Brumaire of Louis Bonaparte, New York: Mondial, 2005.
  • Rust, Eric Charles, 1947. The Christian understanding of history, London: Lutterworth Press.
  • Dawson, Christopher, 1929. Progress and religion, an historical enquiry, New York: Sheed and Ward.
啓蒙思想

コンドルセモンテスキューといった啓蒙思想家たちは、歴史の宗教的な解釈を否定したが、進歩という理想、すなわち、人間はよりよい、そしてより完全な文明へと進んでゆくということ、そして、文明の歴史の調査を通じて、こうした進歩を目の当たりにすることができる、という彼らじしんの目的論を持ち込んだ。

  • Condorcet, Jean-Antoine-Nicolas de Caritat, 1795. Sketch for a historical picture of the progress of the human mind, Westport, CT: Greenwood Press, 1979.
  • Montesquieu, Charles de Secondat, 1748. The spirit of the laws, A. M. Cohler, B. C. Miller and H. Stone (eds.), Cambridge texts in the history of political thought, Cambridge, New York: Cambridge University Press, 1989.

こうした、文明の歴史の解釈のための道具としてのそのつど固定的な段階の連続は、18世紀と19世紀にわたって繰り返された。ルソーカントアダム・スミスや、マルクスの著作にその表現をみてとることができる。

  • Rousseau, Jean Jacques, 1762a. On the social contract ; Discourse on the origin of inequality ; Discourse on political economy, Indianapolis: Hackett Pub. Co, 1983.
  • Rousseau, Jean-Jacques, 1762b. Emile, or, Treatise on education, Amherst, NY: Prometheus Books, 2003.
  • Kant, Immanuel, 1784–6. On history, L. W. Beck (ed.), Indianapolis: BobbsMerrill, 1963.
  • –––, 1784–5. Foundations of the metaphysics of morals and, What is enlightenment, 2nd revised edition, The Library of liberal arts, New York: Macmillan, 1990.
  • Smith, Adam, 1776. An inquiry into the nature and causes of the wealth of nations, R. H. Campbell and A. S. Skinner (eds.), Glasgow edition of the works and correspondence of Adam Smith, Oxford: Clarendon Press, 1976.
  • Marx, Karl, and Frederick Engels, 1848. The Communist Manifesto, in The Revolutions of 1848: Political Writings (Volume 1), D. Fernbach (ed.), New York: Penguin Classics, 1974.
  • Marx, Karl, and Friedrich Engels, 1845–49. The German ideology, 3rd revised edition. Moscow: Progress Publishers, 1970.
メタ・ヒストリアン

歴史のうちの方向性や段階を発見しようとする努力は20世紀初頭に新たな表現を見つけた。世界史に秩序をもたらすようなマクロな解釈を与えることを探求したシュペングラートインビーヴィットフォーゲルラティモアといった「メタ・ヒストリアン(meta-historian)」によるものである。 Spengler (1934), Toynbee (1934), Wittfogel (1935), and Lattimore (1932).

  • Spengler, Oswald, and Charles Francis Atkinson, 1934. The decline of the west, New York: A.A. Knopf.
  • Toynbee, Arnold Joseph, 1934. A study of history, London: Oxford University Press.
  • Wittfogel, Karl, 1935. “The Stages of Development in Chinese Economic and Social History”, in The Asiatic Mode of Production: Science and Politics, A. M. Bailey and J. R. Llobera (ed.), London: Routledge and Kegan Paul, 113–40, 1981.
  • Lattimore, Owen, 1932. Manchuria: Cradle of Conflict, New York: Macmillan.
メタ・ヒストリーへの批判

ヴィーコやシュペングラー、あるいはトインビーのように、歴史におおきな段階を見つけ出そうとする努力は、ひじょうに複雑な人間の歴史を単一の原因にもとづいて解釈しており、この解釈の方法論はさまざまな批判に対して脆弱である。これらの著者は、歴史を駆動させるひとつの要素を求めた。ヴィーコは普遍的な人間本性を、シュペングラーやトインビーは、普遍的な文明の[直面する]難題をあげた。

この批判は、「大きな歴史的」解釈を人間の歴史や社会に用いることに、いかなる説得力もない、ということを意味しない。たとえば、マンによる初期の農業改革の社会学や、ド・ヴリーズグーズブロムによる地球の環境史や、ダイアモンドによる疫病と戦争を扱った著作は成功を収めている。

  • Mann, Michael, 1986. The Sources of Social Power. A history of power from the beginning to A.D. 1760, Volume 1, Cambridge: Cambridge University Press.
  • De Vries, Bert, and Johan Goudsblom, 2002. Mappae mundi: humans and their habitats in a long-term socio-ecological perspective: myths, maps and models, Amsterdam: Amsterdam University Press.
  • Diamond, Jared M., 1997. Guns, germs, and steel: the fates of human societies, 1st edition, New York: W.W. Norton.