Lichtung

難波優輝|美学と批評|Twitter: @deinotaton|批評:lichtung.hateblo.jp

音楽学のディシプリン 音楽学の誕生からニュー・ミュージコロジーへ、そしてそれ以後

はじめに

本稿は音楽学ディシプリンを扱っている文献をごく簡単な著者紹介とともに数点列挙したものである*1

主として自分の備忘録として書かれている。副次的に、音楽学という学問じたいに興味があるひと、すなわち、「音楽学は音楽にどう関わるのか」「音楽学者の学問的態度はどう批判されるべきか」「作曲や演奏、批評を実践するのに音楽学はどんな役に立つのか」といった問いを抱いているひとになんらかの益があればと思う*2

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 1 音楽学のはじまり*3

1. Adler, Guido (1885). Umfang, Methode und Ziel der Musikwissenschaft. Vierteljahresschrift für Musikwissenschaft.

はじめて体系的な音楽学を打ち立たのは、グイド・アドラー(Guido Adler 1855-1941)であった。彼はウィーン大学の講師として就任した翌年1884年に『季刊音楽学』(Vierteljahresschrift für Musikwissenschaft)を発刊する。そして1885年に"Umfang, Methode und Ziel der Musikwissenschaft"(「音楽学の範囲、方法及び目標」)を当該の雑誌に寄稿した。さらに翌年プラハ大学の音楽史教授に就任。

音楽学の範囲、方法及び目標」で、アドラー音楽学を、「歴史的音楽学」(historische Musikwissenschaft )と「体系的音楽学」(systematische Musikwissenschaft)とに分類し、さらに後者の体系的音楽学には、 後に民族音楽学(ethnomusicology)につながる「比較音楽学」(vergleichende Musikwissenschaft)を含めた。これは、初めて主題的に音楽の研究方法を批判的に検討した論文である。

なお1898年にはエドゥアルト・ハンスリックの後任としてウィーン大学の教授に就任し、以後ヨーロッパにおける音楽学研究の中心的存在となり、さまざまな作曲家や研究者を育てた。加えて、マーラーGustav Mahler 1860-1911)との交流もあり、さらにシェーンベルク(Arnold Schönberg 1874-1951)を評価していたと言われるように、同時代の音楽にも関心を持っていた*4

英訳と解説は以下の論文に掲載されている。

Mugglestone, E., & Adler, G. (1981). Guido adler's" the scope, method, and aim of musicology"(1885): An english translation with an historico-analytical commentary. Yearbook for Traditional Music, 13, 1-21.
ISO 690

2. Dahlhaus, Carl. (1977). Grundlagen der Musikgeschichte (= Musik-Taschen-Bücher. Theoretica. Bd. 15 = Musik-Taschenbücher 268). Gerig, Köln.『音楽史の基礎概念』角倉一朗訳、白水社、2004年
音楽史の基礎概念

音楽史の基礎概念

 

ドイツの著名な音楽学カール・ダールハウス(Carl Dahlhaus 1928-1989)の著作。

ダールハウスは、作品史と音楽美学、及び音楽理論の総合的研究を目指した。

1966年に「和声的調性の起源に関する研究」("Studies on the Origin of Harmonic Tonality")にて音楽学の教授資格を得た後、ベルリン工科大学に音楽学の教授として就任し、それ以後任期を全うした*5

本書の全体はフランクフルト学派の批判理論、アナール派の歴史理論、さらにマルクス主義歴史観との取り組みによって、音楽史における歴史理論的に根本的な反省が行われている。

2 ニュー・ミュージコロジーの出現

3. Kerman, Joseph (1986). Contemplating Music: Challenges to Musicology. Harvard University Press.

ニュー・ミュージコロジーの打ち立て役とされるジョセフ・カーマン(Joseph Kerman 1924-2014)の著作。

カーマンは1924年ロンドン生まれ、のち1951年にカリフォルニア大学の教授に就任。ちょうどダールハウスと同世代である。

1980年の論文において、カーマンは音楽学における実証主義を批判し、「学問的な音楽批判の新たなる広がりと柔軟性」 ("a new breadth and flexibility in academic music criticism" )を求めた*6。カーマン以前の実証主義においては、「事実をして語らしめる」ことを目標としていたが、その実、作家像や作品研究において、研究者たちが既存のパブリックイメージに引き摺られた解釈を無意識に施していることをカーマンは批判した。そして、ポスト構造主義記号論、ポスト・コロニアル批評、フェミニスト批評、ジェンダー論など幅広い領域の知見を応用しながら、音楽を記述する音楽学者の態度そのものを問い直すことの必要性を訴えた*7

Contemplating Music: Challenges to Musicology

Contemplating Music: Challenges to Musicology

 
4. 福中冬子(編)(2013). 『ニュー・ミュージコロジー: 音楽作品を「読む」批評理論』, 慶應義塾大学出版会.
ニュー・ミュージコロジー: 音楽作品を「読む」批評理論

ニュー・ミュージコロジー: 音楽作品を「読む」批評理論

  • 作者: 福中冬子,ジョゼフ・カーマン,キャロリン・アバテ,ジャン= ジャック・ナティエ,ニコラス・クック,ローズ・ローゼンガード・サボトニック,リチャード・タラスキン,リディア・ゲーア,ピーター・キヴィー,スーザン・カウラリー,フィリップ・ブレッド,スザンヌ・キュージック
  • 出版社/メーカー: 慶應義塾大学出版会
  • 発売日: 2013/04/28
  • メディア: 単行本
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論文集。邦訳と解説。

3. ニュー・ミュージコロジー以後

5. K. Bergeron and P. V. Bohlmand, eds. (1996). Disciplining Music: Musicology and Its Canons. University Of Chicago Press.
Disciplining Music: Musicology and Its Canons

Disciplining Music: Musicology and Its Canons

 

論文集。 バージェロン(Katherine Bergeron 1958- )はコネチカット大学所属。Decadent Enchantments: The Revival of Gregorian Chant at Solesmes. Berkeleyなどの著作がある。

ボールマン(P. V. Bohlman 1952-)はアメリカの民族音楽学者。現在シカゴ大学所属。女性、弱者、権利を持たない人々といった「他者」の音楽へと向き合う必要を主張している*8

6. Cook, Nicholas and Mark Everist, eds. (1999). Rethinking Music. Oxford University Press.
Rethinking Music

Rethinking Music

 

  論文集。民族音楽学関連の論考が含まれている。 

クック(Nicholas Cook 1950-)はケンブリッジ大学所属。音楽の美学から、音楽心理学ポップカルチャーまで幅広い研究を行っている*9

エヴェリスト(Mark Everist 1956-)はサウサンプトン大学所属。13世紀及び19世紀フランス音楽の研究を行っている*10

7. Alastair, Williams  (2001). Constructing Musicology. Routledge.

単著。現代の批評理論を含めた解説。著者のアラステア(Alastair, Williams)はキール大学所属。19世紀以降のオーストリア-ドイツ音楽におけるモダニティとモダニズムの研究を行っている*11

Constructing Musicology (Routledge Revivals)

Constructing Musicology (Routledge Revivals)

 
8. Korsyn, Kevin (2003). Decentering Music: A Critique of Contemporary Research. Oxford University Press.

単著。音楽学の研究手法や対象についての論考。コーシュン(Korsyn, Kevin)はミシガン大学所属、音楽理論を専攻している。作曲家でピアニストでもある。シェンカー分析に関する論考を発表している(“Schenker and Kantian Epistemology”)*12

Decentering Music: A Critique Of Contemporary Musical Research

Decentering Music: A Critique Of Contemporary Musical Research

 

 脚注

*1:より包括的な文献リスト→Musicology Must-Reads | The Taruskin Challenge

*2:ごくごく個人的に、1. 音楽学の歴史を整理すること。2. 音楽史の語り方や整理における問題点を史学史一般との比較からまとめること。3. 音楽学と音楽哲学とのディシプリンのちがいを整理すること。の3つに興味がある。ここであげる文献は主に1.に関するものである。

*3:それ以前→Dedicated to Peter Kivy. Introduction to a philosphy of music 読書ノート その2 第2章 すこし歴史の話を - Lichtung

*4:https://www.britannica.com/biography/Guido-Adler

*5:TU Berlin - The shoulders on which we stand - Festschrift zur 125-Jahr-Feier der TU Berlin

*6:Kerman, J. (1980). How we got into analysis, and how to get out. Critical Inquiry, 7(2), 311-331.

*7:Professor Joseph Kerman (1924–2014) | Oxford University Faculty of Music

*8:Philip V. Bohlman | Department of Music | The University of Chicago

*9:Prof Nicholas Cook — Faculty of Music

*10:Professor Mark Everist | Music | University of Southampton

*11:Alastair Williams - Keele University

*12:UM School of Music, Theatre & Dance - Faculty & Staff Biography