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自作解説:"勢力のデッサン"

work commentary

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10月23日、高津宮アートギャザリングにてグループ"梅"のひとりとして作品展示をしました。
直接、間接問わず、手伝ってくださったかた、みてくださったかた、さまざまなひとに感謝の気持ちを送りたいです。

"勢力のデッサン"2016.10.23.大阪、高津宮

以下、自作に思考を向けてみます。

本作品は、「潜んでいるものを呼び出す」そのことを表現意図としています。
神社の鬼門、それも奥まったところにある廃墟めいた場所に心惹かれ、人為と自然の関わり合いを可視化したいと考えました。

直接的にはパウル・クレーの言葉、「芸術の本質は、見えるものをそのまま再現するのではなく、 目に見えないものを見えるようにするものである 」を実践するものとして、"成長という運動"を可視化すること。
そしてまた、ハイデガーの『芸術作品の根源』で語られる、「世界の真理性」を空け開くものとしての芸術、となることを夢みながら制作しました。

こういうふうに自作を語ることはミュージシャンの小沢健二言うところの「みずぼらしいメモ帳の切れ端を読み上げること」には間違いありません。

芸術とは「結局は向こうから走ってきた無限大がフュッと忍びこんで決定的な魔法をかけて住みついてしまったどうしましょう、というようなものではないか」となるものかもしれません。

しかし語りも芸術のひとつで有り得ると信ずるなら、きっとこれも無意味ではないと、やはり信じます。
もしお読みいただいたかたがいるなら、ふたたび感謝の気持ちを捧げたいと思います。