Lichtung

難波優輝|美学と批評|Twitter: @deinotaton|批評:lichtung.hateblo.jp

IEP:概念の古典理論

はじめに

 「概念には定義が存在する」と主張する概念に関する「古典理論」についての記事のまとめノートです。

元の記事:インターネット哲学大百科「概念の古典理論」http://www.iep.utm.edu/conc-cl/

「概念はどうすれば明らかになるんだろう」「定義は便利よね。だけれど、すべての概念は定義できるような性質の存在者なのかしら」と思い悩んでいる方のヒントになればと思います。

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イントロダクション

古典理論とは、概念に関する以下に挙げる5つの主要な理論のうちのひとつ。

  1. 古典理論(Classical theory)
  2. プロトタイプ理論(prototype theories)/典型例理論(exemplar theories)
  3. 原子理論(atomistic theories)
  4. 理論理論(theory-theories)
  5. 新古典理論(neoclassical theories)

ここで、古典理論と古典的分析は以下のように定式化される。

  • 古典理論:すべての複雑な概念に古典的分析(classical analysis)が存在することを主張する理論。
  • 古典的分析:可能世界にまたがってある外延に含まれる形而上的に必要かつ連言的に十分な条件をその概念に与えるような命題。

こうした古典説は、概念の定義が必要かつ連言的に十分な条件によって与えられることから、「概念の定義説」や「定義主義(definitionism)」とも呼ばれる*1

1 歴史的背景と古典説の利点

歴史:古典説は、その出自をプラトンによって描かれたソクラテスが行なっていた、ある概念の本質を探求する営みへと遡ることができる。その後、アリストテレスデカルト、ロック、ヒューム、そしてフレーゲラッセル、ムーアによっても行われた。
利点:⑴古典説は本性や本質を思考する哲学的な問いへの正統的な答えがあるという前提によくフィットする。⑵議論の批判的評価に役立つ。議論において概念の定義が重要であるような場合に威力を発揮する。例えば、人工中絶の論争における胎児の人間としての地位の定義など。
現代の代表的な論者:J. J. Katz, Frank Jackson, Christopher Peacockeなどが代表的な論者としてあげられる。
現代では、第4節でみるようにさまざまな批判にさらされている。

2 概念についての概説

概念はいったい何か。それに対してさまざまな観点が存在する。ここでは、5つの観点を紹介する。

a. 意味論的値としての概念

意味論的値(semantic values)として、概念は、述語や形容詞、動詞や副詞といった文部分的(sub-sententional)な言語表現の内包や意味であるとされる。
「太陽は恒星である」は、太陽が恒星であるという命題を示し、述語である「恒星である」は、恒星であることの概念を表現している。文の内包や意味は命題であり、多くの文部分的要素の内包や意味は概念である*2

b. 普遍者としての概念

概念はしばしば普遍者として考えられる。その理由は以下の3つ。

3つの理由

  1. ある概念は、異なる言語表現をもちいても表現可能である。
  2. 異なるエージェントが同じ概念を所有、把握、理解しうるが、そのような所有には程度の差がある。
  3. 概念は、概して、複数の例示するもの(exemplifications)や例化するもの(instantiation)をもつ。さらに、異なる概念がまったく同じインスタンスをもちうる。

このように、概念が普遍者であるとみなすと、それをどのような存在者として扱うかによって、さまざまな立場が存在しうる。

  • 概念に関する実在論(Realism about concepts):概念はそのインスタンスとは異なる。
  • 概念に関する唯名論(Nominalism about concepts):概念はそのインスタンス以上のものではなく、インスタンスと異なるものではない。
  • ものに先立つ実在論Ante rem realism)(またはプラトニズム):概念がその概念に先立って存在論的に存在する。すなわち、インスタンスが存在するかどうかにかかわらず概念が存在する。
  • もののうちの実在論In re realism):概念はある意味ではそのインスタンスの中にあり、したがってそのインスタンスより先立っては存在論的に存在しない。
  • 概念に関する概念主義(Conceptualism with respect to concepts):概念が心的存在者であり、心の中に一種の観念として、完全に思考の構成要素として、あるいは何らかの形でその存在を精神に依存している(おそらく行為者によって所有されるか、行為者によって所有可能である)。
  • 言語的唯名論(Linguistic nominalism):それらを表現するために用いられる言語表現を用いて概念を識別する。
  • タイプ言語的唯名論(Type linguistic nominalism):言語表現のタイプによって概念を識別する。

c. 心的依存/心的独立な存在者としての概念

概念は精神の「うち」にあるあるいは、「部分」であると考える立場は、概念を心的依存(mind-dependent)な存在者であるとみなす。これにたいして、概念は精神とは独立した存在者であるとする立場は、概念を心的独立(mind-independent)な存在者であるとみなす。前者は上述の概念主義などと相性がよく、後者はプラトニズムと相性がよい。

d. 分析対象としての概念

《Fとは何か》というかたちの哲学的問いは、さまざまな概念の概念分析を必要とする。けれども、「概念分析とは何か」という問いにもまたさまざまな答え方がある。そこで、ここでは、各理論ごとにどのように概念分析を捉えているかを概観する。

  • 古典説:すべての複雑な概念には古典的分析が存在する。複雑な概念には他の概念による分析が存在する。
  • プロトタイプ説:典型的な特徴(typical featues)に関して、またはプロトタイプ的な・例示的な事例という観点から概念を分析する。例えば、飛行可能な、小型の、といった典型的な特徴という観点から、鳥であるという概念を分析する。
  • 典型説:最も典型的な事例(exemplary case)(例えば、鳥という概念におけるハト)の観点から、鳥であるという概念を分析する。
  • 理論理論:ある概念の外延のメンバーについての内在的に表象された理論の観点から概念を分析する。例えば、ある人が鳥についての包括的な理論をもつとする。この人がその人の「鳥」という概念の用い方に基づいて「鳥」という概念を表現したとしよう。このとき、この人が表現した概念は、[この人において]内在的に表象された理論において概念が果たしている役割という観点から分析される*3
  • 新古典説:古典説の1つの要素、すなわちすべての複雑な概念が形而上的に必要な条件(例えば、未婚であることが独身のために必要であるという条件)をもつという主張を引き継ぐが、形而上的に十分な条件を有するという条件は放棄する。
  • 原子論説:以上で言及された分析の概念をすべて拒絶し、概念には分析が全く存在しないと主張する。

e. 古典説と概念一般について

再度確認すると、古典説は、「すべての複雑な概念には古典的分析が存在する」とのみ主張しているのであり、概念が普遍者であるかどうか、あるいは心的に依存しているか独立かどうかとは、独立である。

3 古典的分析

複雑な概念の分析には2つの構成要素が存在する。

  • 被分析項(Analysandum 英:アナリザンダム):分析されるもの
  • 分析項(Analysand 英:アナリザンド):分析するもの

命題が古典的分析であるためには以下の条件を満たさなければならない:

  • (I)古典的分析は、被分析項の外延のうちにあるための必要かつ連言的に十分な条件の集合を特定しなければならない。
  • (II)古典的分析は、被分析項の論理的構成(logical constitution)を特定しなければならない。

a. 必要かつ十分な条件について

  • 必要条件:Fであるための必要条件とは、Fであるために必ず満たさなければならない条件。
  • 十分条件:Fであるための十分条件とは、もしその条件を満たすならば必ずFであるような条件。
  • 必要十分条件:Fであるために必要かつ十分な条件は、Fであるためにはその条件を満たす必要があるだけでなく、その条件を満たす場合に必ずFでなければならないという条件である。
  • 必要かつ連言的に十分な条件:概念Fについて、Fであるために必要かつ連言的に十分な条件とは、それらのすべてを満足することがFであるのに十分であるような一連の必要条件。

b. 論理的構成

古典的分析はまた、分析とは、概念をその組成または構成要素に分解することである、というムーアの考えに従って、分析される概念の論理的構成を与える。

c. 古典的分析についてのその他の条件

上述の(I)と(II)とに加えて、他の条件も提案されている。

  • (III)古典的分析は、被分析項を分析項あるいは分析項の部分として含んではならない。
  • (IV)古典的分析は、分析項が被分析項よりも複雑であってはならない*4
  • (V)古典的分析は、いかなる可能的対象であっても、それが、その概念の外延に含まれるか否かを正確に特定するようなかたちで、分析されている概念の正確な外延を特定する。
  • (Ⅵ)古典的分析は、その分析対象またはその分析対象に曖昧な概念を含まない。

 d. 分析候補の検証

正しい分析を探し求める中で、さまざまな分析候補(candidate analyses)について考える必要が生まれる。正しい分析は、可能的反例(possible counterexamplees)をもたない。ここで、可能的反例は、分析候補が広すぎるか狭すぎるかを明らかにしうるものである。

ここで、現実的反例(actual counterexample)のみなず、可能的反例を考慮に入れる必要性は、分析は、必然的真理(necessary truth)に関わるものであるからである。ある概念の分析は、例えば意識のような概念に関して、現実に存在している意識に共有されているのみならず、すべての可能な意識に共有されているものを特定することであるからである。

e. 古典的分析に関するアプリオリ性と分析性

古典的分析は、ア・プリオリ(a priori)で分析的(analytic)であると考えられている。

ア・プリオリ:分析の正当化にいかなる経験的な構成要素も必要とせず、理性によってのみ知られうる。

分析的:分析的命題は「意味のみによって真」であるような命題であるとする分析的命題の大まかな解釈に基づくなら、古典的分析はこのような種類の命題である。分析的命題が、述語表現によって表現されるものが主語表現に表現されるものに「含まれる」命題であるような分析であるゆえに、古典的分析は分析的である。

4 古典理論への反論

その歴史と魅力にもかかわらず、古典理論はさまざまな批判にさらされている。多くの人は、すべての複雑な概念には、上記のような性格の古典的な分析が存在するという主張のに疑問を抱いている。より一般的な意見は、いくつかの(some)複雑な概念は古典的なモデルに従うが、すべて(all)ではないということである。この節では、古典説に対する6つの一般的な異論を紹介する。

a. プラトンの問題

プラトンの問題:長きにわたり哲学的に重要な概念の分析の探求が行われてきたものの、そのような概念の古典的な分析が発見され、事実として広く合意されたことはほとんどないという問題。

反論:すべての複雑な概念に対する古典的分析があるとしよう。今までの努力が費やされたことを考えれば、そのような分析の発見可能性にはは、はるかに高い成功率が見込めるはず。けれども、実際、「学者」や「妹」などのふつうの概念や、論理や数学の概念をのぞいて、哲学的に重要な概念の分析についての合意がみられない。ゆえに、この試みはうまくいっていない、とする。

再反論:このような異論は、あまりにも高い基準を古典説に課しているかもしれない。というのも、科学においても、特定の科学理論に関する普遍的な合意はめったになく、電子やニュートリノといった存在者やビッグバンのような事象の研究はいまなお発展途上にある。そこで、科学的方法に関して、研究調査がいまなお進行中であり、調査段階の科学のさまざまな理論に関して普遍的な合意がないために、何らかの形で欠陥があると考えるのはばかげている。そうであるならば、なぜ哲学的に重要な概念の完全な分析に関して普遍的な合意が欠如しているために、すべての複雑な概念には古典的分析が存在するという仮定に基づいた哲学的分析の方法が何らかの方法で欠陥があると考えるのはおかしい。

再々反論:しかし、特にある科学理論が新しく提案された場合、科学において意見の相違はあるものの、そのような不一致は、哲学のそれほど一般的ではない。哲学においては、哲学における最も基本的な問題についてさえも不一致が存在する。ゆえに、古典的分析の方法論には誤りがあるのかもしれない。

b. 分類からの議論

反論:経験的データに基づく批判:わたしたちは区分や分類分けの際、必要かつ十分な条件の集合を用いてそれ行なっているわけではない。そうではなく、典型的な特徴に基づいて分類を行なっている。
というのも、特定のカテゴリのより典型的なメンバーが、同じカテゴリの典型的でないメンバーよりもすばやくにそのカテゴリに分類されるからである。例えば、ロビンはタカよりも素早く鳥類のカテゴリに分類され、そして、タカはダチョウよりもよりも素早く鳥類のカテゴリに分類される。これが示唆しているのは、概念が分類の際に用いられているとするとき、以上で見たように、分類のすべてにおいて古典的分析を用られていないということである。ゆえに古典説は誤りである。

再反論:ここで、この議論は次を前提としている。「ある人が何かをあるカテゴリに、あるいは、他のカテゴリに分類するとき、ある人は、その課題を遂行するために、概念分析の理解力を用いている」古典説はこの部分を批判する。

典型的な特徴の集合を用いて鳥を分類することができる。しかし、鳥のように見えるものと鳥であるものとの間に違いがある。つまり、分類できるからといって、それが実際の概念の性質を明らかにしているのかどうかとは独立である、と主張する。したがって、概念分析は、たとえ行為者がその概念のインスタンスであるような条件を与え、分類の行為において古典的分析とは異なるような他の何らかの条件を使用しても、概念には分析(古典的またはその他の方法)が存在しうるように思われる*5

分類からの議論に対して、この返答がうまい反駁になっているかどうか不明だが、認知心理学の多くの研究者は、分類の行為からの経験的証拠を古典的見解に対する強い証拠とみなしている。ここで、もうひとつの分類に関する批判を紹介しよう。

プロトタイプ説による批判:プロトタイプ説によれば、概念は、必要かつ連言的に十分な条件ではなく、典型的な特徴のリストによって分析される。ここで、そのような典型的な特徴は、概念のすべてのインスタンスによって共有されるのではなく、それらのほとんどのものによって共有されるようなものである。例えば、典型的な鳥は飛行可能で、比較的小さく、肉食ではない。しかし、これらの特徴はすべての鳥に共通しているわけではない。例えば、ペンギンは飛べないし、タカはかなり大きく、肉食である。プロトタイプ説は、われわれの分類行為に関する事実をうまく説明する。そして、プロトタイプ説の擁護者は古典的見解を拒絶する。

c. あいまいさという観点からの議論

あいまいさも、古典説にとって問題であると考えられている。必要かつ共に十分な条件を特定することによって、古典的分析は分析される概念の正確な外延を特定すると考えられる(このように特定された概念Cはすべてのxに対してxが正確にCの外延、またはCの外延ではないと区分できる)。

反論:しかし、ほとんどの複雑な概念は、そのような正確な外延を持っていないようにみえる 。例えば、「おおげさな」「短い」「古い」のような用語はすべて、その用語が適用されるかどうかが不明確な場合がありうる。ゆえに、それらの用語によって表される概念の外延は不明確であるように思われる。例えば、禿げた人と禿げていない人、背の低い人とそうでない人、そして老人と非老人の間には正確な境界がないようにみえる。多くの概念の外延に正確な境界がないとすると、古典的分析はそのような正確な境界を特定するはずだが、あいまいな用語で表現されているものの古典的分析はできない。ゆえに、古典的分析はうまくいかない。

応答⑴:あいまいさは世界それ自体の一部ではなく、むしろわたしたちの認識論的な欠点の問題であると主張する。さまざまな概念の正確な境界がどこにあるのかわからないため、不明確なケースが見つかるだけであるとする。例えば、禿げた人と禿げていない人の正確な境界があるかもしれないが、その境界がどこにあるのかわからないため、「禿げている」というのはあいまいなままである。ゆえに、古典的分析がうまくいかないのはわたしたち側の問題でしかない。*6

応答⑵:不明確な事例があることを認め、世界それ自体の特徴としてのあいまいさの存在を認めるものの、そのようなあいまいさが漠然とした概念分析に反映されていると主張する。
例えば、黒い猫であるという概念は、たとえ「黒い」と「猫」が両方とも曖昧な用語であっても、「黒」と「猫」の観点から分析することができる。したがって古典理論は、用語の漠然とした性格をこのような方法で分析することができれば、批判を免れることができるかもしれない*7

d. クワインの批判

W.V.O. Quineは、分析性と分析的/総合的な区別に攻撃を行った。 Quineによれば、分析的命題および合成的命題の区別について哲学的に明確な説明はなく、そのような区別は全くないか、または哲学的研究には有用ではないとした*8

e. 科学的本質主義による批判

科学的本質主義(scientific essentialism):自然種のすべてのメンバーはミクロ物理レベルの記述において本質的な性質が存在し、自然種の術語(例えば、水)およびそのような性質の記述(例えば、H2O)の間における同一性記述(identity statement)は形而上的に必然的であり、ア・ポステリオリにのみ知られうる。
「水はH2Oである」という命題は、科学的本質主義においては、すべての可能世界で真であるとともに、経験科学によって発見されうる真理であるとされる。可能的反例を探すことで明らかになるわけではない。
古典的分析は、ア・プリオリで分析的であるとされる。これに対して、科学的本質主義はア・ポステリオリで総合的であるとされる。ゆえに、古典的分析は科学的本質主義の意見と対立する*9

*1:これら古典理論やその他の概念の諸理論は、不正確だが、「概念の性質」についての特定の立場だと言える。概念が実際にどういう性質であるかによって、それを明らかにするプロジェクトが変わってくる。古典理論は、概念は定義してもいいような性質であると主張していると言える。

*2:ここの説明ぜんぜんわかっていません。

*3:理論理論のメタっぽいところは興味深い。概念一般の性質について積極的な主張はせずに、ひとびとの使い方を見ていこうとする。しかし、この説明だけだと「じゃあなんで鳥という概念がある程度ひとびとの間で共有されているの?」という疑問が浮かぶ。また、これだけでは分からないが、理論理論は、「各人のあいまいな概念に共通する性質を探すために各人の理論に基づいた概念を分析する」という動機に基づいているのだろうか。つまり、「各人の概念の理論によって違う記述の仕方を見ていこう、そしてそこで概念分析を終了させよう」というより、「概念そのものにある時期や地域に限られるにせよ特定の性質があって、それを探そう」といった主張なのだろうか?

*4:原文では、’A classical analysis must not have its analysandum be more complex than its analysans.’となっているが、被分析項と分析項とは逆のように思える。

*5:分類の仕方がどうであろうと、それは人間種に独特なものであり、概念そのものの性質とは独立だよ。そして、古典説における概念の捉え方と排他的であるわけでもないし、直接関係しているわけでもないよ。ということか。

*6:へんな議論に思える。禿げている/そうではないの境界が確実にどこかにあるということ? それは物理定数のように発見されうるものであるということ?

*7:さらにわからない。このふたつの応答に共通してわからないのは、世界それ自体の特徴としてあいまいさ云々という点である。概念には、⑴自然法則のような世界それ自体の記述のようにみえる概念。それから⑵「芸術」や「同性愛」のような人工の概念。とのおおきくふたつの種類があるように思える。前者に関して言えば、応答⑴の立場は分かるが、例として挙げられているのが⑵の人工の概念に思えるのでよく理解できない。また、応答⑵の立場は、⑵のような人工の概念に関してはあいまいさがあることは理解できる。対して、世界それ自体のあいまいさが存在して、⑴のような概念にあいまいさが反映されていると主張しているように思える。その主張に反して、この世界は物理定数や法則があいまいであるような世界にはみえない。マクロでみれば、理想的な状況において、つねに同じ条件下では同じ現象が生ずる。そのため、世界それ自体のあいまいさという主張が理解できない。さらに、⑴のような概念にあいまいさが反映されているというのもおかしい。ニュートン万有引力の法則はミクロの挙動を記述できないという点で量子力学の諸理論よりも不正確であいまいかもしれないが、ニュートン万有引力の法則が世界のあいまいさを反映しているという理解はおかしい。それはその時点でのわたしたちの認識能力の問題であるからだ。

*8:ぜんぜんわかっていません。Quine, W. V. O. 1953/1999. “Two Dogmas of Empiricism.” In Margolis and Laurence 1999, 153-170.とQuine, W. V. O. 1960. Word and Object. Cambridge: The M.I.T. Press.に議論があるそうなので読みます。

*9:対立するとすると、どういう問題が生まれるのかは書いていない。自然種に関しては古典的分析はあきらめて、科学的本質主義を採用しようということになるのかもしれない。

芸術社会学とともに、芸術社会学に抗して。ザングウィルとファウラー(1)

はじめに

本稿は、ニック・ザングウィル「芸術社会学に抗して」(2002)(Zangwill, Nick. "Against the sociology of art." Philosophy of the Social Sciences 32.2 (2002): 206-218.)のまとめです。

ザングウィルはこの論文において、「なぜひとは芸術作品をつくり、鑑賞するのか?」という問いに対して、芸術家と鑑賞者の動機と意図を社会的な要素や経済的な要素、すなわち美的ではない要素に還元することで答えようとする芸術社会学的な説明を批判しています。そして、芸術作品をつくること、そして鑑賞すること、このふたつの行為の理由を捉えるためには美的な要素に注目する必要があると主張します。

このザングウィルの論文への応答論文(Fowler, Bridget. "A Note on Nick Zangwill'sAgainst the Sociology of Art'." Philosophy of the social science 33.3 (2003): 363-374.)があり、そちらも続いてまとめるつもりです。

まとめ

  • 芸術の制作、芸術作品の鑑賞を美的な要素抜きに説明することはできない。

斜体の見出しは本文に記載のもの。斜体ではない見出しは筆者が付け加えたものである。

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ふたつの懐疑

美学対社会学的説明、芸術活動に関して

「なぜひとは芸術作品をつくり、鑑賞するのか?」という問いに対して、芸術社会学はどのように答えるのか。芸術社会学において、この問いに対して、美的な要素を説明として用いる必要はないとするふたつの説がある、とザングウィルは述べる。

  1. 「制作懐疑主義(production skepticism)」芸術の制作(物)を説明する際、美的な理由に訴える必要はない。
  2. 「消費懐疑主義(consumption skepticism)」芸術に関する経験や判断を説明する際、美的な理由に訴える必要はない。ブルデューやイーグルトンが代表的。

ザングウィルは本論文において、このうち前者を中心的に批判する。

A. 制作への懐疑に対して

芸術制作の二面

ザングウィルは芸術制作におけるふたつの側面を提示する。

  1. 芸術制作における芸術家の精神:少なくとも、芸術家は何かしら特定の美的な質を創り出すことを求め、意図する。
  2. 芸術制作(物)に対する受け手の精神:芸術作品を経験し、それらを欲する際、美的な質がなんらかの役割を担っている。

制作への懐疑はこの二面を否定する。すなわち、芸術家は美的な質を求めて芸術作品を創るわけではなく、受け手は、美的な質を経験してもいないし、それを求めているわけでもないとする。

ザングウィルはこうした懐疑説の例として、ウォルフ(Janet Wolff)とベッカー(Howard Becker)をあげ批判している。ザングウィルによれば、彼らは、ひとがなぜ芸術作品を創り、求めるのかという問いに答えることなく、あたかもふつうのものを作る過程を説明するように芸術の制作を説明しており、芸術の制作における芸術家と受け手の個々人の精神的な、きめ細かい意味を参照していない。

ひるがえって、「ひとがなぜ芸術作品を創り、求めるのか」というこの問いこそが芸術理論の問う問いである。と繰り返し述べる。

B. 懐疑説に共通する過ちについて

ある/すべて、強い/弱い

ある程度は美的ではない要素が芸術の制作に影響することをザングウィルは認める。しかしすべてではないと彼は主張する。このザングウィルの立場に対して、芸術社会学者は「ある(some)」美的ではない要素が芸術の制作に影響しているという事実から、芸術の制作の「すべて(all)」を美的ではない要素の影響によって説明しようとしている。これが芸術社会学的研究にしばしば見られる「あるとすべての過ち(some-all fallacy)」であるとザングウィルは批判する。

そして彼は、芸術家がそのうちにある社会的な状況と、その芸術家の制作における自由な選択(主題や形式、素材など)とは片方に還元できないものなのである。とする。ゆえに、ザングウィルは、こうした芸術家と社会との影響関係に関するふたつの立場を区別する。

  1. 強いプログラム:芸術の制作がどれほど完全に社会経済的条件によって決定されているか。
  2. 弱いプログラム:社会的要因と芸術家自身の自己概念は、十分条件ではないが必要条件として、一体となって、芸術の制作を説明する。

ほとんどの社会学者は強いプログラムを採用してしまっている、とザングウィルは述べる。
弱いプログラムは、芸術家自身の自己概念、つまり美的な質を創り出す意図や動機を芸術の生産における重要な要素として説明に組み込む。

便乗説

ザングウィルは、「芸術制作の動機や意図に対するイデオロギーに基づく説明は、美的なものに基づいている」と主張する。

ザングウィルは、イデオロギー的表現は芸術やいかなる美的な質をも伴わずに行うことができるのに、なぜイデオロギー的なものと美的なものとは混ぜ合わせられ用いられるのか? と疑問を投げかける。これに対して彼は、それは取りも直さず、プロパガンダは美的に優れた制作物を利用していることを示している。とする。美的価値はプロパガンダイデオロギーとは独立している。
同じように、経済的な説明においても、美的な価値なしにひとが芸術作品を求める理由を説明することはできない。
つまり、イデオロギー的説明や経済的説明は美的な説明に便乗しているに過ぎない。なぜなら、イデオロギーや経済に訴える説明を行っても、結局は、美的なものへの説明が必要になるからである、とザングウィルは主張する。

C. 美的な説明の提案

美とよろこび

なぜ美的な要素はわたしたちにその鑑賞を動機付けるのか、そしてなぜわたしたちは美的な要素に価値を置くのか。
こうした問いの答えとして、わたしたちは古代から指摘されているように、「よろこび」に訴えることができる、とザングウィルは述べる。そして、「わたしたちは、美しいものを創り、鑑賞する際に得るよろこびによって、美しいものをつくり、知覚することに価値を置き、そうすることを欲する」。そしてこれが、わたしたちが芸術を高く評価する理由なのである、とザングウィルは結論づける。

コメント

ある制度や価値の体系において、芸術作品が、それ自身の美的価値に基づいてではなく、それを所有することや鑑賞することから生じるさまざまな価値(e.g. 優れた審美眼を持つ、教養深さ)を表現するために用いられる場合はありそうなことだ。後者のように芸術作品がもといた制度や価値体系の場所とは違う別の制度や価値の体系においてどのような独特な価値を持つようになるのかはそれ自身として研究さるべきことであり、美的な要素だけでは説明がつかない現象である。と書いて、次のような着想を得た。

座標と変換について

  1. ある制度や価値の体系がひとつの座標をかたちづくる。
  2. その座標に、おのおのの制度や価値の体系のうちで安定しているようなさまざまなものや出来事(e.g. 音楽行為、学術行為、芸術行為)が連れてゆかれて置かれる。
  3. すると、それ自身の座標で安定していたものや出来事は、新しく連れてこられ置かれた座標で、変換を被る。
  4. これが正しいなら、同じひとつのモノをさまざまな座標に変換させて、その異なりを比較することでさまざまな座標の特徴や変換方式を記述し、説明することができる

このような座標と変換を記述し、説明する方法論が社会学にあるのか、ないのか、すでに否定されているのか。実のところもう古びたものなのか。とくに4の方法論でさまざまな座標をほんとうに記述できるのか。不勉強でよくわからんです(ご教授願えれば嬉しいです)。

 

 

 

「美学における理論の役割」 モーリス・ヴァイツ

概要

分析的な芸術の定義論争がこの論考からはじまったとされる、モーリス・ヴァイツ(Morris Weitz, 1916-1981)の古典的な論文「美学における理論の役割」(1956)(Weitz, Morris. 1956. “The Role of Theory in Aesthetics.” The Journal of Aesthetics and Art Criticism, XV: 27-35.)のまとめです。

まとめ

  1. ヴィトゲンシュタインの家族的類似の概念を芸術の定義に援用し、あるものが芸術作品であるかどうかを判断する必要十分条件を見つけ出すことはできないとする。
  2. 概念には外延が定まった閉じた概念と、要素が変動する開いた概念とがある。
  3. 過去の芸術の理論は、特定のしかたで特定の芸術の特徴にわたしたちの注意を促す提案のまとめとして理解できる。

キイ・ワード

  • 家族的類似、開いた概念、閉じた概念、記述的用法、評価的用法、尊称的定義

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イントロダクション

芸術を定義するにあたり様々な定義が試みられてきた。こうした試みは単なる知的遊戯ではなく、芸術の理解と適切な評価に欠かせないものであるとされてきた。ゆえに、美学理論は、それ自身のためのみならず、鑑賞と批評の基礎づけのために重要であるとされてきた。

美学理論、すなわち、芸術であるための要素の必要十分条件の提示は可能なのか。いまだその定義は現れてはいない。ヴァイツはこの論文でそうした美学理論は到来しないと主張する。

現行の理論の批判

次にヴァイツは芸術作品であるための必要十分条件を提示しているとみられる5つの理論を紹介し、それらが必要十分条件を提示できていないことを示す。
そして、これらの定義は経験的でもなく、真偽が決定できるものでもない。

家族的類似説

次にさらに根本的な批判をする。
まず、ヴィトゲンシュタイン『哲学的探求』(1953年)において提示された「家族的類似説」を紹介する。

  • 「家族的類似説」:あるもの(e.g. ゲーム)が何であるかを知るために必要なのは、必要十分条件ではなく、重複し、交差する複雑な類似性の網を見つけることである。

芸術がなんであるかを知っていること→それらの類似性ゆえに「芸術」と呼ぶことができるものを認知し、記述し、説明できること。

開いた概念、閉じた概念

家族的類似説に関連して、ヴァイツは概念の二つのあり方を提示する。それは、開いた概念と閉じた概念とである。

  • 開いた概念→じしんの適用条件が改訂可能であるもの(→要素に応じて変更可能なもの)。
  • 閉じた概念→外延が固定化されているもの(→必要十分条件が確定したもの)。

ここで、「芸術」という概念は、それじしん開かれた概念であるといえる。ただ、芸術の下位区分の中には、閉じた概念と言えるようなものがありうる。例えば、「ギリシア悲劇」という概念は、その要素が決まっていると考えてよいので、閉じた概念であると言える。しかし、それに対して、「悲劇」という概念はその要素が変動しうるために、開いた概念であると言える。

あえて喩えれば、閉じた概念は古地図に引かれた国境で、開いた概念は現在と未来の国境と言える。

「芸術」の用法

つぎに、「芸術」という言葉には以下の二つの用法がある、とヴァイツは指摘する。

  • 記述的(descriptive)用法:認識の基準(criteria of recognition)
  • 評価的(evaluative)用法:評価の基準(criteria of evaluation)→尊称的定義(honorific definition)

記述的用法における「これは芸術だ」という発言は、何物かが芸術であるといわれる際に必要な条件に基づいた主張を行っている。

評価的用法における「これは芸術だ」という発言は、何物かが芸術であるといわれる際に必要な条件を主張しているのではなく、そのものを賞賛するために用いられている。

尊称的定義

定義(必要十分条件)そのものとしてではなく、定義的な形式を警句に近いかたちで用いることで、わたしたちの注意をある要素に向けるために核心的な提案を正確に指し示すことが美学理論の役割である。

ゆえに、伝統的な芸術理論を論理的には失敗を運命づけられた定義としてとらえるのではなく、特定のしかたで特定の芸術の特徴に注意を促す提案のまとめとして読み直すことができる。このようにして美学理論を扱うことが、その理論の役割を理解することになる。

コメント

論文の最後の議論、伝統的な美学理論の扱い方が含蓄深い。個人的に歴史的な美学理論と当時の芸術運動との関連に興味があるため、尊称的な芸術理論という理解の仕方は、伝統的な芸術理論とのうまい付き合い方を提示してくれるという点で研究の参考になる。

 

 

「芸術の定義とファインアートの歴史的起源」

概要

近代社会のうちで芸術は本質的にイデオロギー的な機能を持つ。もしこの主張が正しいのなら芸術の定義をめぐる議論は見当違いなもので、取りやめられるべきものである。とする、クロウニーによる「芸術の定義とファイン・アートの歴史的起源」のまとめノートです*1

まとめ
  • 近代的な芸術の体系(≒芸術の定義)は論理的に定められているのではない。それはイデオロギー(経済的、階級的、社会的な機能を持ちつつもその機能の存在を隠蔽しながら作動するもの)的であり、その機能に従って芸術/非芸術の判別を行っている。これを穏健なイデオロギー説と呼ぶ。この説に従えば、論理的な芸術の定義づけの試みが見当違いであることが判明し、加えて、芸術/非芸術の境界に関するよりより説明が可能になる(かもしれない)。
キイ・ワード

 

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 I. イントロダクション

この論文では以下の主張がなされる。

  • 近代社会のうちで芸術は本質的にイデオロギー的な機能を持つ。もしこの主張が正しいのなら芸術の定義をめぐる議論は見当違いなもので、取りやめられるべきものである。

前件はクリステラー、シナー、ブルデュー、イーグルトン 、マティックを参照し、明らかなものとされ、この論文では詳しく議論されない*2

この論文では、18世紀に近代的な芸術の体系が誕生したというクリステラーたちの主張を正しいものとする。クロウニーによれば、近代的な芸術の体系とは、以下のような概念である。

  • 近代的な芸術の体系:諸芸術それ自身、加えて、芸術というカテゴリーが存在するという概念、そしてその芸術のカテゴリーと関連する制度、慣習を総称した概念である。

そして近代的な芸術の体系は、近代における経済的、社会的、階級的な条件と関係して発展した概念であり、ゆえに、イデオロギー的である、とみなすことができる。
芸術の定義には、一貫性が見当たらないにも関わらず、現実には機能し、他の活動と区別されている。ここから、芸術の定義はイデオロギー的な機能を持つ、とみなされる。 

II. 芸術の定義について

わたしたちは日常的には、芸術という言葉をどのように用いるのかを熟知している。しかし、言葉の使い方を知っているからといって、あるものが芸術か非芸術かを判断できない。わたしたちが求めているのは、あるものが芸術であるための必要十分条件である。例えば水のような人間の意図と関わりなく存在するものならば、その本質的な定義を人間の意図と関わりなく述べることができる。しかし、芸術という概念は人間によって創られ、その使用や解釈において人間の意図を伴っているために、その概念が人間の実践のうちでどのように用いられているのかについて分析する必要がある。ここでさらに、芸術の概念は、ある特定の時代に、ある特定のイデオロギー機能を担って生まれたものである。ゆえに、論理的な一貫性を見出すことができない。ゆえに、芸術の定義の試みはうまくいかないとクロウニーは主張する。

III. なぜ歴史的起源説は芸術が定義できないと主張するのか

クリステラーたちの主張が正しければ、次の主張が成り立つ。

  1. 近代的な芸術の体系(制度と慣習と関連づけられたファイン・アートという概念、そしてファイン・アートを構成するそれぞれの芸術がひとつの特有の本質を共有しているという概念)は18世紀の西欧に源を発する。
  2. その誕生から今日まで、近代的な芸術の体系は、近代的な資本主義社会を支えるにあたって、強力なイデオロギー的役割を担ってきた。
  3. 近代的な芸術の概念はファイン・アートという概念の直接的な継承者である。当然概念の歴史的な発展を考慮しても、同じ概念であると言える。

一つ目の主張はクリステラー『近代的な芸術の体系』において提唱され、シナー『芸術の発明』によってさらに詳しく述べられている。シナーによれば、古典的な芸術の体系においては、芸術作品の概念は、熟練の技という意味を意味していた。この熟練の技という概念はギリシア的なものであるとされる。そして、18世紀の初めになってもまだファイン・アートという概念は生まれていなかった。
近代的な芸術の体系の誕生には、次の三つの出来事が必要であったとされる。

  1. 限定された芸術の集合
  2. その集合を容易に同定するような広く受け入れられた術語
  3. その集合を他のすべての活動から区別するような、広く認められた規準

ファイン・アートの興隆に従って、制度(アカデミー、美術館、コンサートホール)や慣習(批評、鑑賞の作法)も発展していった。
近代的な芸術の体系の誕生は、ひとびとに新しい経験と鑑賞、そして芸術家に新しい役割をもたらした。

ファインアートというラベルは過去の人々が行っていた物事への何らかの洞察をわたしたちに与えるのか、あるいは、わたしたちは彼らの実践をわたしたちのカテゴリーに単に同質化させようとしているだけなのか?

前者の説を検討してみよう。
ファイン・アートというラベルがわたしたちに何らかの洞察を与えると主張する際、どんな論法を用いることができるだろうか? ひとつに、ファインアートというラベルの誕生は、18世紀の発展をある種の文化的分化(cultural differentiation)の結果物であると主張することができる。この分化のうちで、普遍的で価値のある人間の活動(諸芸術)が発展し、区別され、そしてそれ自身の場を得ることになった、と主張する。

ここで、この主張に関して二つの問題をあげることができる。

  1. 前近代においても、高度な技術と、豊かな批評の実践が存在していた。つまり、ファイン・アートというラベルがあってはじめて、芸術的な活動の発展や発達がなされたとは言えない。
  2. もしファイン・アートというラベルが文化的分化の結果物ならば、それが参照している人間の諸々の活動をより明確に説明できるはずだが、現実にはそうではない。

ゆえに、ファイン・アートというラベルは概念的に一貫性のある仕方では定義できない。

IV. 芸術のイデオロギー的機能と芸術の定義

ある言説をイデオロギー的であると呼ぶためには、その言説を生み出した者とは異なる読みがなされなければならない。すなわち、その言説を生み出した者たちには正確には意識されないでいたけれども、その言説を支えている諸仮定のセットを認識するような読み方がなされる必要がある。

イデオロギーは階級、人種、ジェンダー、富、その他の権力の構造といった概念と関係する隠された仮定のことである。

ここでクロウニーはイデオロギーと芸術に関するマティックの記述を引用している。

近代的なイデオロギーは、文化にはそれ自身の歴史があるのだとする考えによって特徴づけられる。加えて、文化それ自身の歴史というものは、文化について考えている者たちに作用している他の要因とは無関係に働いている思考の論理を伴うとされている。近代になってはじめて、18世紀以来ファイン・アートとしてまとめあげられた実践の一揃いが上述の意味でのイデオロギーの重要な要素となった。こうして、ファイン・アートは歴史的に自律性のあるものとして見做されるようになり、生産労働やありふれた生活一般とは対置されるような法律、倫理性、宗教、そして哲学と並ぶ「精神」の領域の一部であると見做されるようになった。近代的な芸術概念の特異性は、芸術概念によって定められた自身の言葉の中では説明できない。芸術は、のちに資本主義と呼ばれるような商業的な生産の様式のうちで発展した。芸術(とくに美学)—あるいは芸術の自律性—と相反するものと見做されているこうした商標的な生産の様式から芸術を理解することによってのみ、芸術は理解可能である。Mattick, Paul. Art in its time: Theories and practices of modern aesthetics. Routledge, 2003. p.3

クロウニーは、芸術の定義はイデオロギーであるとする自説を、穏健なイデオロギー(moderate ideological thesis)と呼ぶ。(これは、芸術がイデオロギーそのものでしかないと主張しているわけではない。ただ、鑑賞のある側面はイデオロギー的でありうるとは主張する。)

穏健なイデオロギー説の利点

  1. 近年の芸術の定義の多くを根本に立ち帰らせる。制度的/歴史的定義も現実のアートワールドの構造や働きを考慮できていないということを指摘する。
  2. 芸術のカテゴリーの源泉や存続に関する現行の定義とは別の説明が可能になる。
  3. 芸術と非芸術の区別が明らかに恣意的であるその理由を説明しうる。
  4. 芸術の定義や芸術の理論が説明できていない、芸術と非芸術の境界の変化を説明できる。
  5. 芸術と非芸術の境界は概念的な一貫性に基づいて画定されているのではなく、様々な社会的原因に基づいて画定されることを明らかにする。

V. 二つの反論に関する反駁

i. 反論:小文字の芸術

  • 小文字の芸術説:近代的な西ヨーロッパのファイン・アートという概念は、より一般的な意味における芸術(すなわち、諸文化をまたいで、人類史にわたって、普遍的に存在するような芸術(あえて名付ければ大文字の芸術))の特別な形式に過ぎない。

この主張が成立するには次の二つを証明しなければならない。

  1. 諸文化をまたぎ、またさまざまな時代にわたって存在する大文字の芸術の概念の核(そして音楽から映画に至るさまざまな諸芸術の実践を含むような核)を捉えるような定義を提出しなければならない。
  2. ファイン・アートが歴史的、イデオロギー的な機能を持つという主張に整合的であるためには、小文字の芸術説論者は、非西欧の社会と芸術との関係に注意を払う必要がある。具体的には、芸術の実践に対するその他の社会的な影響について明らかにしなければならない。18世紀の西ヨーロッパの影響範囲外にある文化において、その他の活動と区別されるようないわゆる芸術と呼ばれる実践についての事実を取り扱わなければならない。

[大文字の芸術があるのだとして、西欧の18世紀に起源を持ち、イデオロギー的な機能を持つファイン・アートという小文字の芸術がその大文字の芸術の一形式に過ぎないのだとする。すると、非西欧の社会における小文字の芸術は、ファイン・アートとは異なる社会的影響下や歴史において誕生し、独自の実践や機能を持つはず。もし、大文字の芸術の存在を主張するなら、こうした非西欧の社会における小文字の芸術についての事実を提示しなければならない。]

つまり、小文字の芸術説論者は、他の文化において、意識的にではないにしても、実際的に、わたしたちがそうしているように、しかしイデオロギー的な内容なしに、ひと組の実践と経験とを芸術として他の活動から区別していること、あるいは、そうした区別をしていなかったとしても、事実、ある実践と経験が、人間の生の一貫していて分離されている側面を形成していることを示す必要がある。

しかし、こうした小文字の芸術たちが西欧の影響なしに存在しているという事実は見つからない。ゆえに、小文字の芸術説は成り立たない。

ii. 不適切な還元主義

反論:穏健なイデオロギー説は、美的な経験やその価値を、経済的、階級的な機能に還元してしまっている。つまり、穏健なイデオロギー説は不適切な還元主義説である。

再反論:穏健なイデオロギー的説は特定の芸術や特定の経験の持続性や本性について、それらすべてがイデオロギー的であるとするような主張ではない。穏健なイデオロギー説は、一般的な近代的な芸術のカテゴリーの存在とその特徴をイデオロギーという側面から説明しようとする。芸術に関係するすべての経験をイデオロギーによって説明しようとするものではない。

補足:個々の芸術の鑑賞においてもイデオロギーは部分的に機能している。例えば、趣味にはイデオロギー的な側面がある。もちろん、そうした趣味においてもヒトの生物的な機能も同様に機能している。そうした事実を穏健なイデオロギー説が無視しているわけではない。

ここでクロウニーによって主張されている穏健なイデオロギー説は、近代的な芸術の体系に関して、何が芸術として定義され、何が定義されないのかは経済的、階級的な、総称して社会的な制度と慣習によるものだということを主張している。すなわち、近代西欧において、あるものが芸術か否かを判定する基準は論理的というよりもイデオロギー的であるということのみを主張している。

そして、すべての芸術に関する経験や鑑賞が(部分的には可能でも)イデオロギーという側面のみから説明できるといったことは主張していない。

VI. 結論

芸術か否かの判定は歴史的な起源を持ち、イデオロギー的な役割を持つ。ゆえに(純粋に論理的なやり方による)芸術の定義はうまくいかない。
ひとつのまとまった芸術という観点からではなく、個別の芸術に注目する重要性。

コメント

クリステラーの正しさへの疑義

クロウニーはクリステラーたちの主張が正しいものとして議論を進めている。しかし、少なくともクリステラーの論文に限って言えば、近代的な芸術の体系の誕生以前には、近代的な芸術の体系と同様に、ある程度はっきりとしていて、ひとつの基準に則ったような、いかなる芸術の体系も存在しなかったという主張とその主張の論拠とされる資料の解釈の多くは信用できないとわたしは考える(Young, James O. "The ancient and modern system of the arts." British Journal of Aesthetics 55.1 (2015): 1-17を参照)。ゆえに、クリステラーたちの主張がいかに自明なものに思えても、その主張の妥当性を検証しなければならない。

議論の前提

イデオロギーという概念の取り扱いに対する批判。クロウニーの定義では、あるものがイデオロギー的な機能を持つ=階級的な、経済的な、社会的な機能を持つことを意味する。しかし内実は曖昧である。クロウニーの想定する機能とはなんなのか。いつ、どこでそのイデオロギーが機能するというのか、そのイデオロギー的な機能なるものが、どの程度近代に特徴的なものなのかが明らかにされているとは言えない。イーグルトンやブルデューを引っ張ってきて、芸術はイデオロギー的であると単に結論しても説得的ではない。

ただわたしはイーグルトンもブルデューも読んでいないので正当な批判を行うことができない。したがって読まなければならない。

*1:Clowney, David. "Definitions of Art and Fine Art's Historical Origins." The Journal of Aesthetics and Art Criticism 69.3 (2011): 309-320.

*2:第1部のまとめ:"The Modern System of the Arts" Part I P. O. Kristeller - Lichtung

SEP:芸術の定義

概要

スタンフォード哲学百科事典「芸術の定義」のまとめです*1
芸術の定義の試みをざっとさらっています。20世紀以前の伝統的な定義については触れず、1950年代からの英米圏における議論を扱っています。

キイ・ワード
  • 芸術の定義、定義に対する懐疑主義、慣習的定義、制度的定義、歴史的定義、機能的定義

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1.芸術の定義の制約

筆者によって十の取り組むべき条件があげられている。とくに次の二つの条件が注記されている。

  1. 外延的十全性(extensional adequacy)を与えるために、リスト的な定義、列挙的な定義は可能なら避ける。→もれを回避したい。
  2. 境界例を扱える定義が好ましい。→デュシャンの『泉』やケージの『4分33秒』などを扱いたい。

2.伝統的な定義

20世紀以前の伝統的な定義においては、一種類の要素によって芸術を特徴づけているものが多々ある。しかし、これらは十分条件ではない。けれども、これらの議論を役に立たないと放ってしまってはいけない。なぜなら、それらの定義は、提唱者たちの哲学理論ぜんたいと関係しているので、芸術の定義における議論の完成度のみならず、理論との関係を確かめて評価しなければならない。

3.定義に対する懐疑主義

芸術の定義に対する懐疑主義は、芸術を定義する価値とその実現可能性を疑う。ここでは七つの代表例が上げられている。

1.家族的類似説の発展系

芸術A、Bは要素aを共有している。芸術BとCは要素bを共有している。しかし、芸術AとCは要素を共有していない。ゆえに、AとBとCとに共有されている要素は見つからない。したがってこの3つを説明する定義は見つからない。ヴァイツ(Morris Weitz)が代表的。

2.伝統的な哲学の言葉遣いの問題

芸術の定義は伝統的な哲学の用語を用いている。それらの定義はいまだに議論されている。ゆえに、芸術の定義は伝統的な哲学の用語が定義されないうちは定義できない。ティルマン(Benjamin Tilghman)が議論している。

3.芸術の定義は歴史的に不安定である

クリステラー(P. O. Kristeller)が「近代的な芸術の体系」*2において示したように、西洋の芸術の定義は18世紀に誕生したものでそれ以前は存在しなかった。ゆえに、芸術の定義は歴史的に不安定である。

4.認知説の問題

人間がモノを分類する認知の構造に基づいて芸術の定義を組み立てようとする企てはうまくいかない。こうした人間の認知は、実際にどのように分類しているのかを明らかにはするが、論理的に整合性のあるものかどうかは保障されない。加えて、人間の生理的な機能がそうなっているからといって、その行動に基準を置いていいものかどうかは、倫理的な問題を孕んでいる。ディーン(Jeffery Dean)や、レイ(Georges Rey)、アダジアン(Thomas Adajian)らが議論している。

5.芸術の定義は不必要

個別の芸術形式の定義と、なにが芸術形式になるのかの定義があればいい。ロペス(D. M. Lopes)が代表。

6.芸術の定義はイデオロギー

社会的、経済的条件を抜きにした無関心性や美的質の議論は危険である。芸術はそうした諸条件によって成り立つひとつの社会的現象であって、中立を装う存在論を打ち立てることは問題である。イーグルトン (Terry Eagleton)が主張。

7.目的をもたない芸術の定義はない

歴史的な、慣習的な、美的な、鑑賞におけるような、意思疎通に用いられるような定義があるのであり、目的をもたない芸術の定義はありえない。

3.1 いくつかの派生

二つの代表的な理論がある。

  1. 典型例への類似説(resemblance-to-a-paradigm):典型的な芸術作品への類似によってそれが芸術作品かどうかが決まる。
  2. 群れ説(cluster):この説によれば、芸術作品であるための必要条件ではないが、選言的に十分条件、かつ、芸術作品であるためには十分な少なくともひとつの適切な部分集合であるような要素のリストを与えることができる。

4.現代的な定義

慣習的定義は、芸術が、美的要素への、形式的要素への、あるいは表現的要素への、もしくは伝統的な定義のうちで、芸術において本質的なものであるとされたいかなる種類の要素への本質的な関係を持つことを否定する。
おおきく制度的な慣習的定義、歴史的な慣習的定義の二つがある。

4.2 制度的定義

アーサー・ダントー(Arthur Danto)、ディッキー(George Dickie)が代表。
ダントーの主張は次のようにまとめられる。

「あるものが芸術であるための必要十分条件とは、(i)ひとつの主題(subject)を持つ、(ii)ある態度・観点を写し出している(スタイルをもつ)、(iii)修辞的(たいていは隠喩的)な省略がなされており、この省略によって鑑賞者はなにが失われているのかを埋めることを促される、(iv)問われている当の作品とそれについての解釈が美術史的文脈を要求する。」

ディッキーの主張は変化しているが、1984年におけるもっとも新しいものは以下のようにまとめられる。

(1)芸術家とは、理解とともに芸術作品の作成に関わる人物をいう。 (2)芸術作品とは、アートワールドに提示するために作られた人工物のことである。 (3)公衆とは、ある程度、自分たちに提示される対象を理解するために準備しているメンバーの集合である。 (4)アートワールドは、すべてのアートワールドのシステムである。 (5)アートワールドのシステムは、芸術家によって芸術作品をアートワールドの公衆に提示するための枠組みである(Dickie 1984)。

これに対しては、制度の外で生まれる芸術作品の存在を扱えない、また、いかなる制度もそれが芸術作品か否かの判断を間違いうるという批判がなされている。

4.3 歴史的定義

歴史的定義:芸術作品を特徴づけるのは、それがある特定された以前の芸術作品への芸術-歴史的な関係を持つことであり、ゆえに、歴史を越えた芸術の概念には一切関わらない。

もっともよく知られた定義は、レヴィンソン(Jerrold Levinson)による意図的-歴史的(intentional-historical)定義、すなわち、芸術作品は、先行する芸術作品が、現在に、あるいは以前に正しくみなされていたようなあり方でみなされることを真剣に意図されているものである、という定義である。

二つ目の例はステッカー(Robert Stecker)の歴史的-機能的(historical-functionalism)定義である。

  • 歴史的-機能主義的定義:ある時点tにおいてあるモノが芸術作品であるのは、tがそのモノが作られた時点よりも以前ではないときで、必要十分条件は以下である。
  • {そのモノがある時点tにおける中心的な芸術形式のうちにあること}かつ{(そのモノが時点tにおける芸術の機能を満たすことを意図して作られていること)または(それがそのような機能を獲得することの栄誉を獲得したモノであること)}

三つ目の例は歴史的語り説(historical narrativism)である。ここでは、キャロル(Noel Carroll)とストック(Kathleen Stock)の説に触れる。

キャロルの説は次のようにまとまられる。

  • あるモノが芸術作品であるかどうかの十分条件ではあるが、必要条件ではない条件:意識的な、そして生き生きとした芸術的な動機を伴って、芸術的な文脈において芸術家によって創られたそのモノが、そのように創られ、少なくともひとつのある認められた芸術作品に似ているかどうかに基づくまさしく歴史的な語りの構成物である。

もう一つはより挑戦的で唯名論的なストックの例である。

  • 芸術作品であるための必要十分条件:(1)そのモノと既に確立されている作品との間には内的な歴史的関係がある。 (2)これらの関係は語りによって正しく識別され、そして(3)関連する専門家によって語りは受け入れられる。専門家は、特定の存在者が芸術作品であることを検出しない。むしろ、専門家が特定の場合において特定の要素が重要なものであると主張するということが、芸術を構成する。

4.4 機能的(主として美的)定義

ある機能、あるいは、意図された機能によって芸術作品かどうかが決まる。機能の代表は美的質。伝統的な芸術観に適合し、また、芸術作品の普遍的な特徴を記述できるが、コンセプチュアル・アートの扱い、現代的な作品の扱いに問題がある。

感想

歴史的定義に魅力を感じた。次の二つの理由によって魅力的だ。一つに、芸術作品の普遍性は求めず、実践における文脈を組み込んだ説明を目指すがゆえに。二つに、あるものが芸術作品かどうかの判断において発生するであろうある種の政治性や個人や集団の力学を考慮する余地を残しているがゆえに。

また、劣勢に立っているとされている機能的定義に興味を持った。実践家の直観を整理するには適している。

SEP: 歴史哲学 PART I

はじめに

本稿はSEP(スタンフォード哲学百科事典)の「歴史哲学(Philosophy of History)」の項のまとめノートである。
この記事では、歴史哲学のうちで問われる、歴史の行為者・因果論。そして、大陸系、英米圏の歴史哲学。加えて、史学史と歴史哲学との違い歴史家からの問いが紹介される。

歴史哲学という言葉は、多くの人にヘーゲルの名前を思い起こさせるかもしれない。けれども、その著作は歴史哲学の際立った例ではあるものの、歴史哲学の歴史の中で位置付けられるべきものであって、歴史哲学の唯一の規範的な事例というわけではない。この記事では、歴史哲学のなかの、いくつかの時代と地域において議論され来たって、なおかついまもなお盛んに論争が繰り広げられている主要な問いをめぐって、さまざまな研究が紹介される。

近年、英米圏において盛んに議論されている歴史の存在論、因果論、認識論、方法論といった、史学史とは異なる歴史哲学に特徴的な問いとアプローチの存在を知ることができ、かつまた、ヘーゲルだけではない大陸系の歴史哲学の多様さを確認することができる。

なお分量と作業の進捗の関係からPART I と PART II の二つに分割した。

書誌情報

Little, Daniel, "Philosophy of History", The Stanford Encyclopedia of Philosophy (Summer 2017 Edition), Edward N. Zalta (ed.), URL = <https://plato.stanford.edu/archives/sum2017/entries/history/>.

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イントロダクション

歴史哲学のなかで扱われる問いは多岐にわたり、その問いへのアプローチもまた多種多様である。そのため、単一の歴史哲学があると考えるべきではなく、複数の歴史哲学が存在すると考えるべきである。それでも、便宜的に、歴史哲学とは以下のようなものであるとみなすことができる。
歴史哲学とは、哲学者たちが形而上学、解釈学、認識論、歴史主義といった分野と関わりつつなされる、いくつかの主要な問いをめぐる考察からなるものである。その問いは以下の四つに代表される:

  1. 歴史はなにによって構成されているのか(個人の行動、社会構造、時代および地域、文明、大きな因果過程、神の介入)?
  2. 歴史を形づくる個々の出来事や行動を超えて、歴史は全体として、意味、構造、または方向性を持っているのか?
  3. 歴史を知り、表象し、説明することには何が関係しているのか?
  4. 人間の歴史は、どの程度、現在の人間によって構成されたものなのだろうか?

1. 歴史とその表象

歴史家の五つの仕事

歴史家の仕事とはなんだろうか?

ここでは五つの活動があげられる。

  1. 歴史家は過去の出来事や状況に関する概念化や事実の記述を供給することに興味をもつ。
  2. 歴史家は「なぜこの出来事が起こったのか? いかなる条件によって、あるものがもたらされることになったのか?」といった「なぜ(why)」の問いに応えようとする。
  3. 上記のものとも関連しつつ、歴史家は「いかにしてこの結果が生まれたのか? この結果が現れる過程はどのようなものだったのか?」という「どのようにして(how)」という問いに興味を持つ。
  4. 所与の複雑な歴史的な活動の連なりの下にある、人間の意味と意図とをつなぎ合わせようとする。こうした歴史的思考は「解釈学的(hermeneutic)」な側面を持っている。
  5. 最後に、歴史家はよりいっそう基礎的な課題にも向き合う。すなわち、過去における所与の出来事や時間に関して存在している文書を見つけ出し、その意味を解明するという課題である。
まとめ

つまり、歴史家は、過去の出来事や状況の概念化、記述、文脈への位置づけ、説明、解釈をするのである。

究極的に、歴史家の課題は、現存する証拠に立脚した調査にもとづいて、過去に関する、何(what)、なぜ(why)、どうして(how)という問いに光を投げかけることにある。

二つの主要な問い

次に、次節から議論する二つの主要な問いについて触れておこう。

一つは、歴史における行為者と因果の関係に関する問いである。これは、歴史は因果関係の一連の流れなのか、それとも、互いに関連し合う人間の一連の行動の結果なのか? という問いである。

二つは、時間的、空間的な歴史的過程の規模に関する問いである。歴史家は歴史において、ミクロな、メソな、あるいはマクロな視野を調停しようとしなければならないのだろうか?

1.1 歴史における行為者と因果論

歴史哲学にとっての重要な問いは、どのようにして「歴史」を概念化するかという問いである。歴史的な出来事や構造のあいだに存在する客観的な因果関係があるために、歴史は重要なものなのだろうか?それとも、さまざまな身分の無数の個人の行動や思考の枠組みの集まりなのだろうか?

ここで歴史を考えるべつの道がある。分離した原因と結果のセットではなく、行動を強制し、促進する社会的条件と過程のセットとして歴史に焦点をあてることができる。こうしたアプローチは、「行為者中心の歴史」であると呼ばれる。ひとびとが何を考え信じていたかを評価することで、ある時代を説明する。

1.2 歴史における規模

ミクロ・ヒストリー

翻身(ファンシェン)における中華革命の様子を月ごとに記述したヒントン(1966)、モンタイユーの村を対象としたル・ロワ・ラデュリ(1979)、そして、シカゴの発展を追ったクロノン(1991)といった歴史家は、特定の制限された時間と空間における歴史を研究した。彼らの仕事を「ミクロ・ヒストリー」と呼ぶ。

  • Hinton, William, 1966. Fanshen: A Documentary of Revolution in a Chinese Village, New York: Vintage Books.
  • Le Roy Ladurie, Emmanuel, 1979. Montaillou, the Promised Land of Error: The Promised Land of Error, New York: Vintage.
  • Cronon, William, 1991. Nature's Metropolis: Chicago and the Great West, New York: W. W. Norton.
マクロ・ヒストリー

世界の病の歴史を扱ったマクニール(1976)、世界人口の歴史を著述したリヴィ・バッチ(2007)、そして世界の環境の歴史を扱ったド・ヴリーズとグーズブロム(2002)といった歴史家たちの著述は、仮想的に全世界を含むような、また、千年以上の時をまたぐような規模を選択している。このような歴史を「マクロ・ヒストリー」と呼ぶことができる。

  • McNeill, William, 1976. Plagues and Peoples, Garden City: Doubleday.
  • Mink, Louis O., 1966. “The autonomy of historical understanding”. History and Theory, 5 (1): 24–47.
  • De Vries, Bert, and Johan Goudsblom, 2002. Mappae mundi: humans and their habitats in a long-term socio-ecological perspective: myths, maps and models, Amsterdam: Amsterdam University Press.
二つの欠点

ミクロ・ヒストリーは、「いかにしてそれらの特定の村がなにかより大きなものに光を投げかけるのか?」という問いを生み、マクロ・ヒストリーは、「いかにしてそれらの大きな主張が、特定の地域における文脈をで実際に説明できるのか?」という問いを生む。

メソ・ヒストリー

三つめの選択肢として、中国における広域的な地域を研究したスキナー(1977)の研究のような、中間的なレヴェルでの歴史、すなわち、「メソ・ヒストリー」がある。

  • Skinner, G. William, 1977. “Regional Urbanization in Nineteenth-Century China”, in In The City in Late Imperial China, G. W. Skinner (ed.), Stanford: Stanford University Press.

2.大陸系の歴史哲学

ヴィーコへルダーヘーゲルといった近代の哲学者たちは、歴史のおおきな方向性や意味についての問いを提起した。それらとは異なる流れとして、シュライエルマッハーディルタイ、そしてリクールといった解釈学的な哲学者は、他者によってつくられたテクストやシンボル、そして行為の意味を理解することを人間が引き受けるという「解釈学的循環(hermeneutic circle)」を重視した。

  • Schleiermacher, Friedrich, 1838. Hermeneutics and criticism and other writings, A. Bowie (ed.), Cambridge texts in the history of philosophy, Cambridge, New York: Cambridge University Press, 1998.
  • Dilthey, Wilhelm, 1860–1903. Hermeneutics and the study of history, R. A. Makkreel and F. Rodi (eds.), Princeton, NJ: Princeton University Press, 1996.
  • Ricoeur, Paul, 2000. Memory, history, forgetting, translated by Kathleen Blamey and David Pellauer, Chicago: University of Chicago Press, 2004.

2.1 普遍的な、あるいは歴史的な人間本性?

ひとつの基本的な「人間本性(human nature)」が存在するのか? あるいは、基本的な人間性の特徴は歴史的に条件とづけられているのだろうか?

ヴィーコは、『新しい学』(1725)のなかで、歴史的状況を超えて、人間本性の普遍性が存在し、ゆえに、歴史的な行為と過程の説明が可能であると主張した。

  • Vico, Giambattista, 1725. The first new science, L. Pompa (ed.), Cambridge texts in the history of political thought, Cambridge, New York: Cambridge University Press, 2002.

上記の人間本性を仮定する考えについて次の二つ点を注記しておく。

一つに、歴史を解釈し、説明する課題を平易にする。というのも、過去の行為者をわたしたちじしんの経験と本性から理解できる考えることができるからだ。二つに、この考えは、20世紀の社会科学理論のうちに、包括的な社会の説明の基礎としての、合理的選択理論の形式として継承されている。

普遍的な人間本性を否定する論者にヨハン・ゴットフリート・ヘルダーがいる。彼は、その著作のなかで、人間本性の歴史的な文脈性を議論した。人間本性とは、それじたいが歴史的な産物であり、歴史的な発展において異なる時期の人間は異なるふるまいをする、と主張した。そして、彼の主張は、のちにベネディクト・アンダーソンイアン・ハッキングミシェル・フーコーらによって議論された「社会構築(social construction)」という概念の先駆けとなった。

  • Herder, Johann Gottfried, 1791. Reflections on the philosophy of the history of mankind, F. E. Manuel (ed.), Classic European historians, Chicago: University of Chicago Press, 1968.
  • –––, 1800–1877. On world history: an anthology, H. Adler and E. A. Menze (eds.), Sources and studies in world history, Armonk, NY: M.E. Sharpe, 1996.
  • Anderson, Benedict R. O'G., 1983. Imagined communities: reflections on the origin and spread of nationalism, London: Verso.
  • Hacking, Ian, 1999. The Social Construction of What?, Cambridge: Harvard University Press.
  • Foucault, Michel, 1971. The order of things: an archaeology of the human sciences, 1st American edition, World of man, New York: Pantheon Books.

2.2 歴史は方向性を持つのか?

哲学者のうち、人間の歴史の意味や方向性を探求した者もいる。どのように歴史は聖なるものの秩序を実現するのか、あるいは、循環的、目的論的、進歩的な法則はあるのか、ヘーゲルの人間の自由の展開としての歴史のように、歴史は重要な題目を演じているのか、という問いが問われる。これらの動機は、一見したところ偶然的で恣意的な歴史的な出来事により基礎的な目的や秩序が横たわっていることを明らかにしようとするところにある。こうしたアプローチは、ランケによって強調されたように、解釈学的であると呼ばれる。行為や意味よりも、おおきな歴史の特徴を解釈しようとする。また、ライプニッツによる『弁神論』や20世紀におけるジャック・マリタンエリック・ラストクリストファー・ドーソンといった神学者たちの議論も、歴史に神の意志をみてとる点で、目的論的である。

  • Ranke, Leopold von, 1881. The theory and practice of history, W. Humboldt (ed.), The European historiography series, Indianapolis, IN: Bobbs-Merrill, 1973.
  • Leibniz, Gottfried Wilhelm, 1709. Theodicy: essays on the goodness of God, the freedom of man, and the origin of evil, A. M. Farrer (ed.), La Salle, IL: Open Court, 1985.
  • Maritain, Jacques, 1957. On the philosophy of history, New York: Scribner. Marx, Karl, 1852. The eighteenth Brumaire of Louis Bonaparte, New York: Mondial, 2005.
  • Rust, Eric Charles, 1947. The Christian understanding of history, London: Lutterworth Press.
  • Dawson, Christopher, 1929. Progress and religion, an historical enquiry, New York: Sheed and Ward.
啓蒙思想

コンドルセモンテスキューといった啓蒙思想家たちは、歴史の宗教的な解釈を否定したが、進歩という理想、すなわち、人間はよりよい、そしてより完全な文明へと進んでゆくということ、そして、文明の歴史の調査を通じて、こうした進歩を目の当たりにすることができる、という彼らじしんの目的論を持ち込んだ。

  • Condorcet, Jean-Antoine-Nicolas de Caritat, 1795. Sketch for a historical picture of the progress of the human mind, Westport, CT: Greenwood Press, 1979.
  • Montesquieu, Charles de Secondat, 1748. The spirit of the laws, A. M. Cohler, B. C. Miller and H. Stone (eds.), Cambridge texts in the history of political thought, Cambridge, New York: Cambridge University Press, 1989.

こうした、文明の歴史の解釈のための道具としてのそのつど固定的な段階の連続は、18世紀と19世紀にわたって繰り返された。ルソーカントアダム・スミスや、マルクスの著作にその表現をみてとることができる。

  • Rousseau, Jean Jacques, 1762a. On the social contract ; Discourse on the origin of inequality ; Discourse on political economy, Indianapolis: Hackett Pub. Co, 1983.
  • Rousseau, Jean-Jacques, 1762b. Emile, or, Treatise on education, Amherst, NY: Prometheus Books, 2003.
  • Kant, Immanuel, 1784–6. On history, L. W. Beck (ed.), Indianapolis: BobbsMerrill, 1963.
  • –––, 1784–5. Foundations of the metaphysics of morals and, What is enlightenment, 2nd revised edition, The Library of liberal arts, New York: Macmillan, 1990.
  • Smith, Adam, 1776. An inquiry into the nature and causes of the wealth of nations, R. H. Campbell and A. S. Skinner (eds.), Glasgow edition of the works and correspondence of Adam Smith, Oxford: Clarendon Press, 1976.
  • Marx, Karl, and Frederick Engels, 1848. The Communist Manifesto, in The Revolutions of 1848: Political Writings (Volume 1), D. Fernbach (ed.), New York: Penguin Classics, 1974.
  • Marx, Karl, and Friedrich Engels, 1845–49. The German ideology, 3rd revised edition. Moscow: Progress Publishers, 1970.
メタ・ヒストリアン

歴史のうちの方向性や段階を発見しようとする努力は20世紀初頭に新たな表現を見つけた。世界史に秩序をもたらすようなマクロな解釈を与えることを探求したシュペングラートインビーヴィットフォーゲルラティモアといった「メタ・ヒストリアン(meta-historian)」によるものである。 Spengler (1934), Toynbee (1934), Wittfogel (1935), and Lattimore (1932).

  • Spengler, Oswald, and Charles Francis Atkinson, 1934. The decline of the west, New York: A.A. Knopf.
  • Toynbee, Arnold Joseph, 1934. A study of history, London: Oxford University Press.
  • Wittfogel, Karl, 1935. “The Stages of Development in Chinese Economic and Social History”, in The Asiatic Mode of Production: Science and Politics, A. M. Bailey and J. R. Llobera (ed.), London: Routledge and Kegan Paul, 113–40, 1981.
  • Lattimore, Owen, 1932. Manchuria: Cradle of Conflict, New York: Macmillan.
メタ・ヒストリーへの批判

ヴィーコやシュペングラー、あるいはトインビーのように、歴史におおきな段階を見つけ出そうとする努力は、ひじょうに複雑な人間の歴史を単一の原因にもとづいて解釈しており、この解釈の方法論はさまざまな批判に対して脆弱である。これらの著者は、歴史を駆動させるひとつの要素を求めた。ヴィーコは普遍的な人間本性を、シュペングラーやトインビーは、普遍的な文明の[直面する]難題をあげた。

この批判は、「大きな歴史的」解釈を人間の歴史や社会に用いることに、いかなる説得力もない、ということを意味しない。たとえば、マンによる初期の農業改革の社会学や、ド・ヴリーズグーズブロムによる地球の環境史や、ダイアモンドによる疫病と戦争を扱った著作は成功を収めている。

  • Mann, Michael, 1986. The Sources of Social Power. A history of power from the beginning to A.D. 1760, Volume 1, Cambridge: Cambridge University Press.
  • De Vries, Bert, and Johan Goudsblom, 2002. Mappae mundi: humans and their habitats in a long-term socio-ecological perspective: myths, maps and models, Amsterdam: Amsterdam University Press.
  • Diamond, Jared M., 1997. Guns, germs, and steel: the fates of human societies, 1st edition, New York: W.W. Norton.

SEP: プラトン

はじめに

本稿は、SEP(スタンフォード哲学百科事典)のプラトンの項のまとめノートである。

この記事において、イデア説や模倣説といったプラトン中心的な理論が個別に議論されることはない。それよりも前の問い、「プラトンの作品である対話篇をいかに読むべきか」という歴史学的、文献学的な問いが議論される。

ここでは、対話篇を文学作品として読むべきなのか、ソクラテスの名声の宣伝として読むべきなのか、教育用のスキットとして読むべきなのか……このような「対話篇とは何か?」という問い、あるいは、対話篇をプラトンの思考の表現として読むべきなのか、プラトンの思考を読み取ることはできないような、単なる対話者たちの記録として読むべきなのか……こうした「プラトンの思考とは何か?」という問いが問われる。

書誌情報

Kraut, Richard, "Plato", The Stanford Encyclopedia of Philosophy (Fall 2017 Edition), Edward N. Zalta (ed.), forthcoming URL = <https://plato.stanford.edu/archives/fall2017/entries/plato/>. 

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1. プラトンの中心的な学説

形相(Form)、あるいはイデア(Idea)といった、永遠で、不変で、わたしたちの感覚に表れる観測可能な対象に対して規範的なものが実在するという説がプラトンの中心的な学説であるとしばしば指摘される。

2. プラトンのパズル

けれども、プラトンの著作は、そうした学説の無味乾燥な列挙ではなく、わたしたちを問いに誘うような完結していない問いをめぐる対話篇(dialogue)としてある。そして、その形式ゆえに、さまざまな問いを含んでいる。以下、3、4、5節では簡単な説明を行い、何が問われるのかをそれ以下で記す。

3. 対話・設定・登場人物

  • 対話:ひとりの人物が語る劇(drama)や神話(myth)ではなく、議論(debate)という形式。
  • 設定:多様な生活の場面。
  • 登場人物:社会的地位も含んだ生き生きとした人間たちとの、生き方をも含めた対話。

4. ソクラテス

三つの主要なソクラテス

  1. アリストファネス(Aristophanes)『雲(Clouds)』:ソクラテスそのものというより、長髪、不潔、不道徳的、という当時の哲学者像の典型としてのソクラテス
  2. クセノフォン(Xenophon)『弁明(Apology)』:歴史的証言としての価値はあるものの、プラトンの著作にみられるような哲学的精妙さに欠ける記述。
  3. プラトンプラトンソクラテスの重要な方法論を引き継いでおり、ソクラテスプラトンの思考を分けることは難しいが、プラトンソクラテスの単なる翻訳者ではないとみなされている。

5. プラトンの間接性

対話は、それぞれに異なるトピック(topic)・話し手(speaker)・役割(role)からなっていて、単なる固定化した形式ではなかった。

また、プラトンは、先人たちや後の時代に一般的だった哲学的論考を書かなかった。つまり、彼が直接読者に主張を訴えることはなく、彼の主張が示されているとしても、それらはつねに間接的なかたちで示されていた。

6. プラトンの思考を知ることができるのか?

対話篇から「プラトンの哲学」といったものを導き出すことはできるのだろうか?
ミニマリスト(minimalist)」的なアプローチとして、著作に含まれる彼の意図に関しては中立的な立場を取りつつ、しかし完全に意図を想定しないのではなく(e.g. プラトンは自説の説得のための装置として対話篇を用いただろうと推測できる)、彼の登場人物(dramatis personae)が何を述べたかのみに注意して、彼の著作を解釈する方法がある。ここで、プラトンが、彼の書かれたものとしての著作を、哲学的な対話のための補助として考えていたのであり、著作を読むだけで何か知識が身につくといったことを否定していた(cf.『パイドロスPhaedrus)』274e-276d)ことに注意すべきである。

7. 主要な話し手としてのソクラテス

登場人物として「ソクラテス」は『法律(Laws)』をのぞくすべての対話篇に登場する。なぜか? これは、プラトンがその哲学的技法や思考を師としてのソクラテスに負っていることを考えれば自然ではある。
プラトンがたんにソクラテスの名声のために彼をすぐれた人物として描いているという主張は、ソクラテスがうまくいかない主張を行い、にもかかわらず愚かな対話相手が納得するという描写があることから、支持されえない。
多くの場合、ソクラテスの議論は対話相手を納得させることに成功する。ここからわたしたちは、プラトンの考えのなかに立ち入っていることに注意しなければならない。というのも、対話相手を納得させている議論は、プラトンがそう記述している限り、著者である彼自身が、その議論を現実にも説得的な議論であると評価しているということだ*1

8. 対話篇のつながり

対話篇は独立したものだが、いくつかは事前に他の著作を読んでおかなければ理解できないものもある(例えば、『パイドロス』は、『テアテイトス(Theaeteitus)』『ソピステスSophist)』『国家(Republic)』を読んでいることを前提とする。あるいは、『ティマイオスTimaeus)』の冒頭は『国家(Republic)』との関連を示唆している)。こうした著作においては、主要な登場人物が自説を著作ごとに洗練させている。ここから、プラトンは、たんに教育的な目的のみならず、プラトンの自説の擁護と読者への説得のために対話篇を著述したと結論づけることができる

9. プラトンは形相についての考えを変えるか?

プラトンじしんの思想が変化したかどうかを決定することは簡単なことではない。わたしたちは、彼の著した対話篇を手掛かりに真偽を確かめるほかはない。

パルメニデスPamenides)』においてはイデア説が批判され、それに対する応答が行われ、次にそれとは別の一性(oneness)が議論される。ここから少なくともプラトンが初期のイデア説を部分的に改訂していると主張できるかもしれない。あるいは、『ティマイオス』におけるティマイオス、『ソピステス』と『政治家(Statesman)』におけるにおけるエレア人によって、ソクラテスが『パイドン』や『国家』で語ったイデア説に一致する説が語られながら、いっぽうでソクラテスが考える抽象的な存在者とは異なるものが議論されてゆく。ここからプラトンは、こうした存在者についての考えを変化させていったと考えることができる。

10. プラトンは政治についての考えを変えるか?

同様に、政治に対するプラトンの考えが変化したかどうかを考える。
そもそも、プラトンは形而上的なものへの共感を強くもっていた(e.g.『パルメニデス』『ソピステス』における実践的なものとは関わりのないものについての議論)、同時にわたしたちの生きている世界を理解し、その限りのある美を鑑賞し(e.g.『ティマイオス』における感覚的な世界における混成的な美についての議論)、国家の制度を改善すること(e.g.『国家』に描かれる、政治生活からの改善の欲求。そして『法律』において議論される具体的で実践的な制度論)にも心血を注いだ。
プラトンの政治観は、多数による支配への嫌悪によって特徴づけられる(e.g.『国家』におけるソクラテスの議論)。しかし、多数による支配の具体的な制度についての議論もなされている(e.g.『法律』におけるアテナイ人)。このふたつの『国家』『法律』という著作における話し手の態度の違いをプラトンのうちの分裂と考える根拠はない。なぜなら話し手が異なっているからである*2。ゆえに、プラトンの政治についての考えが変化したとは考えにくい。

11. 歴史的なソクラテス:初期、中期、後期

初期

プラトンは、『ソクラテスの弁明(Apology)』を含むいくつかの倫理に関する短い対話篇によって、彼の著述家としての道をひらいた。それらは、『カルミデス(Carmides)』『クリトー(Crito)』『エウテュデモス(Euthydemus)』『エウテュプロン(Euthyphro)』『ゴルギアスGorgias)』『ヒッピアス(大)(Hippias Major)』『ヒッピアス(小)(Hippias Minor)』『イオン(Ion)』『ラケス(Laches)』『リュシス(Lysis)』『プロタゴラスProragoras)』であり、これらは初期の対話篇と呼ばれる。
これらの著作においては、後期ほど深く形而上学的、認識論的、方法論的な問いが扱われておらず、ソクラテスを主要な登場人物として、もっぱら倫理的な事柄に関する議論がなされている。その議論は、(a)対話相手が知っていると思いなしていることをソクラテスが繰り返し問い直し、その矛盾やあいまいさを明らかにしてゆくというかたちをとっており、また、(b)倫理的な事柄に関する議論に限られているという点で、ソクラテスに関するアリストテレスの証言(e.g. ソクラテスが(a)つねに定義に関する問いを問うていたこと、そして(b)「いかに生きるべきか」という倫理的な問いを問い、それ以外のことにはそれほど注意を払わなかったこと。)とも符合している。そのため、これらの対話篇は、「歴史的なソクラテス(historical Socrates)」すなわち、ソクラテスそのひとの歴史的な記録であるというみなすこともできる。また、ここからこうした対話篇を「ソクラティック(socratic)」な対話篇と呼ぶ。

中期

パイドン』を皮切りに、プラトンの対話篇には、ソクラテスそのひとではなく、登場人物としてのソクラテスが現れるようになる。「ソクラテス」は数学に着想を得た哲学の方法論、美や善のイデアの重要性、不死性など、ソクラテスが語らなかったことを語りはじめる。この時期から、前期に扱われた倫理的な問いのみならず、さまざまな問いが問われはじめる。『パイドンPhaedo)』『クラテュロス(Cratylus)』『饗宴(Symposium)』『国家(Republic)』『パイドロスPhaedrus)』は、上述の特徴を持つために、中期の作品であると考えられている。

『国家』第1巻には、正義の定義を問う「歴史的なソクラテス(historical Socrates)」の姿が、そして以後はソクラテスが答えられなかった問いに答えうるような新しい概念や道具立てがプラトンの「新しいソクラテス(new Socrates)」によって示される。ここからソクラテスの問いを問う問い方を踏襲していることを示すために、プラトンソクラテスという人物像を彼の著作に用いたことが見てとれる。

後期

歴史的な証言によれば、『法律』はプラトンの晩年の作品のひとつであるとされている。この『法律』の文体的特徴と類似する対話篇、『ソピステスSophistes)』『政治家(Statesman)』『ティマイオスTimaeus)』『クリティアス(Critias)』『ピレボス(Philebus)』を合わせて後期の対話篇とされている。文体の類似性は19世紀にはすでに指摘されていた。これらの六つの対話篇には、異なる時期の対話篇を参照する記述があり、そのため、これらの対話篇が前期や中期とはことなる哲学的な議論の発展の段階を示しているかどうかは明らかではない。

区分について

以上の三つの区分がプラトンの理解に益するかどうかは議論されている。

クラウトの議論に少し触れよう。初期の対話篇は、簡潔で短いという特徴があるが、プラトンがその後、そうした簡潔で短く、哲学的な教育に有益な対話篇を著していないとは言えないかもしれない。つまり、初期の「ソクラティック」な対話篇が後期に書かれたのではないと決定されたわけではない。

プラトンは哲学教育のための著作と、自説の構築という二つの種類の対話篇を著したといえる。これらを同じ時期にそれぞれ著したのか、前期以後は、後者のみを著したのかが問われる。ここで、クラウトは前者の主張を支持する。プラトンは対話篇のなかで、哲学を行う方法論について、天下り式に結論を受け入れるのではなく、みずから考え獲得する重要性を強調していた(e.g. 『メーノ(Meno)』『テアテイトス』『ソピステス』)。ゆえに、形式上前期の対話篇と考えられているもの(e.g.『エウテュデモス』『カルミデス』『パルメニデス』)も、中期、あるいは後期に著されたものである可能性がないとは言えないとする。

ソクラテスについて

ソクラテスの弁明』による記述から、ソクラテスは道徳家であり、プラトンのように形而上学や認識論や宇宙論を研究することはなかったとされている。これはアリストテレスの記述にも一致する。そしてまた、プラトンの対話篇においても、ソクラテスは倫理に関する問い投げかける人物として描かれており、倫理に関する問い以外については、以下のように、形而上学的な議論はエレアからの旅人によって(cf.『ソピステス』『政治家』)、宇宙論的な議論はティマイオスによって、制度論的な議論はアテナイからの旅人によって(cf.『法律』)担われた。ただ、それでも「ソクラテス」が『法律』をのぞく全対話篇に登場するのは、彼の独自の哲学の方法、すなわち、問いを投げかけ、対話を行うという営みがソクラテスそのひとに帰されるとプラトンがみなしていたからこそであると考えられる。

12. なぜ対話篇なのか?

「なぜプラトンは対話篇を著したのか」という問いはうまくいく問いではない。そうではなく、「なぜプラトンはこの特定の対話篇を著したのか」という問いを立てて、個別に議論してゆくことが望ましい。この際「もし対話篇が対話篇でなければ失われるものは何か」という問いを問うことができる。失われるだろう代表的なものとしては、おのおのの社会的地位や環境のことなるひとびとが出会うさまから感じられる、会話の生き生きとしたありさまであり、そして、哲学的な営みとは、このように対話し、批判し、質問し、応答するのだという実例を示す教育的な意義である。

総じて言えることは、プラトンの対話篇をこのように読むべきであるというような機械的なルールは存在せず、おのおのの著作をおのおのに従って解釈することが必要だということである。

 注

*1:「著作のなかで、ソクラテスの議論が対話相手を説得することに成功していると記述しつつ、その議論の成功をプラトンが心から信じていない」という場合が確かにあるにせよ、すべての場合においてそうであるとすると、「プラトンの哲学」を描くことは不可能になる。こうしたプラトンの思考と著作とを分割する主張を否定する議論がこの記事では主として述べられている。

*2:話し手とプラトンそのひとの思考との距離をどう取るかについて、ここでは議論がつくされていない。もちろん議論がないわけではなく、本記事の文献表には「話し手をどう解釈するか」という問いに関する1996年から2002年までの10冊の著作があげられている。